必ずブランディング通になれる3分で読めるエッセイ〜ブランドのチカラ

ブランディング・コンサルタントの経験譚。Barで若きマーケーターとスコッチ飲んで話す気分で。ブランディング & マーケティング・コミュニケーションのあれやこれやを分かりやすく、自分の言葉で。

其の5 Kit Kat のブランディング 〜Kit Kat 考 2〜

きっとこうじゃないかな


  第二次世界大戦の少し前に英国ヨーク市でロントリーという会社によって開発されたチョコーレート菓子のキットカットは今や押しも押されぬグローバルブランド。世界最大の食品会社ネスレの一ブランドです。60年も前につくられたキットカットのスローガン「Have a Break, Have a Kit Kat」は世界中で共通して使われていますが、これこそキットカットブランディングの核をなしているものだと私は思います。

  日本語にすると「ちょっと休もう、キットカットでも食べて」となるのかな。日本ではチョコレートは子供や若年層、特に若い女性の嗜好物というイメージですが、海外ではむしろ大人の嗜好物です。ピンピン元気な子供や若年層に「ちょっと休もう」というのも不自然ですよね。まぁ受験勉強でヘトヘトの現代っ子には響くのかな?
  
  ともあれ世界的には忙しい毎日を送っている大人にこそ「ちょっと休まない?」というのは刺さるメッセージでしょう。チョコレートの主原料カカオ豆に含まれるポリフェノールには身体的・精神的な疲労を癒す効果があるので、しっかり根拠もありますよね。しかもキットカットは中にウエハースが入っているので小腹満たしになるという一石二鳥になるというわけです。ちなみに仕事の合間のひと休みにチョコレートなんていうのは決まった話ではありません。キットカットブランディングで打ち出したアイディアなのではないでしょうか。

  ちなみにYouTube で Kit Kat commercialと打ち込むと、世界中の色々なコマーシャルを観ることができて面白いですよ。コミカルなCMが多いのですが、注目すべきは殆どが大人の「Have a Break, Have a Kit Kat」を描いていることです。国は違っても「ちょっと休もうよ」というお誘いに共感するひとの気持ちは同じというブランドの信念ですね。でも、共感するシチュエーションは国によって、ひとによってさまざまということでしょう。

 さて、本題は日本のキットカットなんです。前述した様に世界と違って日本ではチョコレートは主に子供、若年層、特に若い女性というのが主購買者イメージです。実際は購買消費状況のデータを見てみないとわかりませんが。

昔の日本のキットカットのTV コマーシャルって覚えてますか? 宮沢えり、後藤久美子一色紗英菅野美穂…小学生の頃の宮沢えりと後藤久美子が共演してるんですよ。当時キットカット不二家が販売していましたが、先見の明がありましたね。Have a Break, Have a Kit Kat を謳っているのは同じで、ただイメージキャラクターが少女になっている。

 これが2000年代に入りにガラッと変わります。それまでテレビCM中心だったのが、女子高生にターゲットを絞り受験生キャンペーンと称したPR志向のコミュニケーション手法に変わります。

 前回少し触れましたが、原点は福岡のコンビニでキットカットが受験前に売り上げが急増する現象が毎年見られ、これがコンビニ本社に報告されたことにあると言われています。買っているひとは受験を控える女子高生。福岡弁で「きっと勝つぞ」は「きっとかっと」。お守りとしてキットカットを買うというのですね。これに目をつけたのが当時キットカットを販売するネスレ日本の子会社ネスレマッキントッシュの社長で、その後ネスレ日本の社長になった高岡浩三氏*1です。日本人初の生え抜き社長という異例の出世でした。

キットカットでお守り祈願」が福岡で話題になったからと言って、高岡氏は広告会社が飛びつきそうな「キットカット、きっと勝っと!」なんてテレビCMはつくらなかった。

 受験生が泊まるホテルにキットカットを置いてフリーサンプリングをしたんです。受験生応援のキャンペーンです。不安な気持ちマックスの受験生に応援エール。好感します、そりゃ。試験結果がうまくいっても、そうでなくても小さな応援の嬉しい記憶は残るはず。ブランディングの最初の一歩は好感の醸成です。地道ですが、ブランドの起爆剤になります。

 試験後の試験会場大学構内のゴミ箱にキットカットの包装紙のゴミが沢山入っていたのがマスコミで報道されて一躍このフリーサンプリングは人の知るところとなりました。これを端緒に様々な応援の形を高岡さんは広げていきます。受験時期に「サクラサクトレイン」と称して車体ラッピングから車内広告のすべてを桜の開花のビジュアルに応援メッセージを載せたものにして、いわゆる買い切り車両を運行させたり。この受験生キャンペーンはイギリスのBBCで取り上げられたり、朝日新聞天声人語で書かれたりもしました。一番驚いていたのはスイスのネスレ本社だったかも知れませんね。

受験が終われば、高校生は不安を抱えて大学へ。そこで仕掛けたのは卒業式でのサプライズ・ライブ。175R、木村カエラらの ミュージシャンとタイアップして卒業生を興奮の坩堝に。これ、一生忘れないですね。このあたりの経緯は、ネスレの高岡さんの意を受けてキャンペーンを仕切った外資系広告代理店 JWTのクリエイティブ・ディレクターだった関橋英作さんの著書*2に詳しく書かれています。

これってブランディングの成功例の見本ですね。
キットカットは「横にいて応援してくれる小さなバディ」で不安マックスな高校生にとって「心を落ち着かせてくれる mindfulなチョコレート」がブランドの昇華価値にあたるのだと思いますが...
先述したようにグローバル・ブランドのKit KatはスローガンのHave a Break, Have a Kit Katに表現されているように、大人のひと休み、がスイス本社が決めているブランドのコアとなる価値なはずです。

  日本市場では、メインターゲットは中高生女子なので、「ひと休み」をストレスフルで不安マックスの入試受験期の彼らに向けて「応援」と翻訳したんでしょう。ひと休みしてもらうには、まず応援して不安を取り除いてあげないとね、大人じゃないんだし...って会議で討議されたのかもしれませんね。あくまでも推察ですが。🤣

 「日本市場は特殊だ!」と欧米本社のブランドガイドラインに抵抗してジャパン・ローカルの独自の方針を立てるか、逆に
「仰せの通り」と御本社の言うなりになるか、日本における「外資系」の典型的なパターンですが、このキットカットの受験生キャンペーンにおける高岡社長の外柔内剛ぶりは見事です。外柔内剛とはこれも私の推察ですが。
 外資系の若いマーケターはこの取り組み(相撲で言うなら)を勉強すべきかと思います。本社の方がでかい、力はある、肝心な時にこれに勝つには舞の海か、炎鵬の取り口しかありません。小さな体で外柔内剛。

大きなマス広告予算をかけないやり方がここにあると言えます。ただし辛抱強く、consistency & continuity*3がマストです。これは長年担当したクライアントから教えられた事で、ブランディングは、これと決めたら同じことを言い続ける、すなわち一貫性と継続性が一番大事なんだと。続けて言われたのは「それなのに、何年もしないうちに広告会社が一番最初に飽きてしまい、別の案を持ってくる。
そして次に飽きてしまうのはクライアント自身だ。」と。御意。高岡社長はこの応援キャンペーンを15年近く続け、現在も後進の手により継続中です。(のはず)

やめることがあったら、私はネスレ日本の新社長*4に抗議の手紙を書きます。きっと書く。

ブランドは Consistency & Continuity、つまり一貫性と継続性が肝要。これは実は言うは易し行うは難しで、実に難しいことなんですね。いずれこの一貫性と継続性の手本となるブランド・コミュニケーションの事例を書きますね。



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2020年受験生応援キャンペーン仕様の紙を使用したKit Kat mini 14枚入り。紙を切り抜いて御守りが作れる。

*1:2011年11月〜2020年3月 ネスレ日本代表取締役CEO

*2:チーム・キットカットのきっと勝つマーケティング  ダイアモンド社

*3:欧米の企業がマーケティングや広告の戦略を語るときに頻繁に使う言葉。一貫性と継続性

*4:深谷龍彦 ネスレ日本代表取締役社長兼CEO 2020年4月1日〜