必ずブランディング通になれる3分で読めるエッセイ〜ブランドのチカラ

ブランディング・コンサルタントの経験譚。Barで若きマーケーターとスコッチ飲んで話す気分で。ブランディング & マーケティング・コミュニケーションのあれやこれやを分かりやすく、自分の言葉で。

其の13 ブランドはユーザーの神体験で神ブランドになる ②

  で、私にとってのアメックスって何だったか? これは自分としては社会人として自己認知する承認儀式だったんです。大学の入学式 (出なかったけど) や会社の入社式 (これは出た) のようなもの。「出かけるときには忘れずに」。アメリカの伝説的グランドスラマー・プロゴルファーのジャック・ニクラウスの出演するAmerican ExpressのCMで有名なキャンペーンのキャッチコピーです。英語では Tag Line と言います。自分的には入社したら忘れずに (ゲットする)。

 

  今でこそ外人タレントの出演するTVCMは当たり前になりましたが、1970年代以前、エンタメ大国の欧米のビッグスターが日本のTVCMに出演する、これは希少なことでした。日本経済が高度成長の真っ只中にあった70年台に、アラン・ドロンなどの錚々たる欧米の銀幕のスター (昭和語😅) たちが日本のコマーシャルに登場したのには驚かされました。


  個人的にはサミー・デイビス Jr. のサントリーホワイト*1チャールズ・ブロンソンのマンダム*2そしてアメックスのジャック・ニクラウスのコマーシャルには心を射抜かれました。共通点は成熟した大人の男への憧れです。

 

  アメックスのTVCMのキャッチコピー「出かける時には忘れずに」は英語ではDon't Leave Home Without It. これはアメックスの長年のパートナー広告代理店のOglvy & Matherが制作したもので、アメリカの広告史でも珠玉のTag Lineと言われているものです。最初はこれはアメックスのトラベラーズ・チェックのキャンペーンに使われていたんですね。これは前提となるもうひとつのキャッチコピーがあって、それが「Do you know me?」なんです。

  どんな有名な人でも遠方では知らない人もいるでしょ、だから出かける時はアメックス・カードを忘れずに、ってことなんですね。よく仕組まれたキャッチフレーズです。

 

  ちなみにアメックスの歴史は1850年にニューヨークで興した急行列車=エキスプレスによる貨物運送業が嚆矢なんですね。フェデックス=Federal Expressと同じ貨物運送業!☺️ 

  時はゴールドラッシュで人々が東から西へ西へと殺到する時代で、アメックスは足(=貨物)と金(=金融、トラベラーズ・チェック)を都合して財をなしたというわけです。アタマいいね。この頃って日本ではペリーさんが黒船で来て通商を要求、幕府を中心に日本中が上を下への大騒ぎになってた時代です。無茶言うのはトランプ大統領に始まった話じゃないってことです。😭

 

 

  元々背伸びしたがる若者  (亡くなった親父に言わせるとバカモノ) だったので、社会的ステータスであるアメックスへの憧れは, 上述のTVCMで完全に刷り込みされていたんです。

  

  浜松町の軍艦ビルのアメックスのオフィスまで申し込みだけのために乗り込むなんて「バカなんですか?」☺️と若いひとは思うでしょうけど、就職がなったら、残る一番大事な社会人への通過儀礼はアメックスの会員になることだったんです。もう偏執ですね。

 

  まぁ元々極端に走るきらいがあるにせよこれは自分的にはホント「通過儀礼」だったんです。アメックスをゲットした後、六本木=ギロッポン*3をうろうろしてカードを使っていたのは目標クリアした後のクールダウンみたいなもんです。😁

 

  さて、マクラが長くなりましたが、ここから本題です。

 

  私のアメックスへのブランド・ロイヤリティを一発で決定づけたブランド神体験は、1984年に最初の海外出張でフランスに行った時のことです。

 

  ラジオモンテカルロという、フランスのラジオ局で放送する日本企業のラジオCMの素材を制作するので、パリに単身乗り込みました。単身といっても他にCMプロダクションのプロデューサーが1人同行してましたけど。たったの2人。CMディレクターは現地手配です。乗り込んだ感はありますよね。予算があまり無かったので。

 

  準備万端整えて、箱崎の東京シティーエアターミナルで搭乗手続き*4を済ませれば、後は成田からパリの灯を目指すだけ。飛行機の中で聞くウォークマンも持ったし。当時のウォークマンですからカセットテープです。海外出張なんだからここは一つ奮発して…と思い、市販の音楽テープを買おうと箱崎に行く前に銀座の山野楽器に寄ったんです。そこで大事件発覚!

  

  お会計をしようとしたらアメックスが財布の中に無い! 恥ずかしながら店の端っこで旅行トランクを開けることに。でも無い。無い無い、どこにも無い。現金で払えない金額じゃなかったけど、そんな問題じゃないぞ!😭

  最低限のフラン*5は携帯していたけど、それじゃ足りない。他にカードが何枚もある時代ではない。絶体絶命なう。「出かける時は忘れずに」ってあれだけCMで言われていたのに!

  

  電話ボックスに飛び込み(当時携帯は無い!)出川哲郎じゃないけどヤバイよ、ヤバイよ、どーすんの?状態でアメックスに連絡するとオペレーターは実に冷静で「お客様の最初の立ち寄り先はどちらになりますか?」と聞かれました。まぁこうしたパニック・ユーザーが後を立たないんでしょう。オペレーターさん、冷静。

 

  青ざめて、パリですと答えると「ではパリのオペラ座の前にアメックスがありますので、到着次第行ってください。行かれるまでに発行するよう手配しておきますので、身分証明としてパスポートを見せて受け取ってください。」地獄に仏とはこのことか(古い?😀)と胸を撫で下ろし飛行機に乗りました。とは言え、到着するのは明日だよ。間に合うわけない。ダメな時はパリ支社に寄って都合してもらえるかな??云々・・・いまで言うプランB😁を考えてたんですね。

 

  で行きました。オペラ座の前のアメックス。着いた当日はホテルに直行して、翌朝行ったんじゃなかったかと記憶してます。山野楽器店における事件発覚から2日目ですね。でもたった2日目ですよ! 自分の常識では「無理に決まってる」で気持ちはすっかりプランBで、幾ら借りれば足りるかなぁ・・・とか考えてました。

  フランス語は喋れないので、英語でたどたどしく事情を説明してパスポートを見せて。そしたら・・・出てきました、再発行されたカード!。翌々日の再発行ですよ。日本のカードでは絶対無理です。

 

  時は11月でうすら寒いパリでしたが、オフィスから外に出ると雲ひとつない晴天で。オペラ座の上空の青空を忘れません。(いや、これは脳が盛った記憶ですね。正直そこまで覚えてない。)

不安マックスだった私の心が一気に晴れて、仕事も上手く行くに違いない的な多幸感に脳内は満たされていたはずです。きっとエンドルフィンが大放出されていたんじゃないでしょうか。ここは中野信子さんに聞いてみたいところです。😀

 

  

  そんなわけで、アメックスはこの「助かった!」神体験で私にとっての神カードになりました。企業側視点からするとブランドスイッチは困難です。パリの晴天と晴れやかな気持ち、多幸感がセットでブランド(私の脳内にある消しゴムで消せない好感イメージ)が脳に刻まれ記憶されたわけですから。覆すにはこれを上回る神体験が必要です。そんなもの滅多にあるわけない。

 

  爾来、何度もゴールドカードにアップグレードしませんか案内がアメックスから来ましたが、これっぽっちも心は揺るぎませんでした。グリーンカードはパリの晴天と晴れやかな気持ちとセットで擦り込み記憶された「神様仏様の願いに答えてくれた地獄に仏」カードなので、

ゴールドじゃダメなんです。会費とかメリットとか、そんなFunctional Benefitの話じゃないんですね。まぁアメックスの人からしたら厄介なロイヤルユーザーでしょうけど。

”ブランドはユーザーが感情的に記憶するものセオリー”の見本がここに見て取れます。

 

  だからアメックスからブラックカードの案内が来ても、私は入りません。(使用額的に絶対に来ませんけど。言ってみたかっただけです。😀)

   私の神カードはアメックス・グリーンカードだからです。添付は私のカード。Member sinceの下に83ってなってるでしょ? アメックスが日本でグリーンカードの発行を始めた年が1983年です。どうだっ!😁

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  今回は自分ごとすぎてアドレナリンが放出し、長くなってしまいました。3分じゃ読めないね、これ。すみませんでした。ではまた来週。

 

 

 

 

 

  

  

 

 

 

  

 

 

 

 

 

*1:1973年 サミー・デイビスJr. がサントリーホワイトのCMに出演。ウィスキーの瓶を指輪でタップしながら鼻歌を歌うだけの表現が新鮮でした。ボトルの横には火のついた煙草が灰皿に。時代です。

*2:1970年 丹頂の男性化粧品マンダムの宣伝にハリウッド映画スターのブロンソンが出演し話題を呼んだ。この4年後、1974年にはブロンソンは映画Death Wishの大ヒットで一躍トップスターとなる。Death Wishの邦題は狼よさらば。凄い意訳。

*3:バブル時代には芸能人やテレビ局関係者など「業界」人は言葉を逆さに言って喜んでたんです。ジャズプレイヤーの隠語だったのが始まりのようです。ザギンでスーシーどう? = 銀座で寿司食べる? とか。😁

*4:今はただの成田空港・羽田空港とのリムジンバス発着所になってしまいましたが、当時はまだここで搭乗手続きも出国審査も済ますことが出来ました。便利至極。

*5:ユーロ貨幣が使われ始めたのは2002年から。当時は現地通貨はフランス・フラン。