必ずブランディング通になれる3分で読めるエッセイ〜ブランドのチカラ

ブランディング・コンサルタントの経験譚。Barで若きマーケーターとスコッチ飲んで話す気分で。ブランディング & マーケティング・コミュニケーションのあれやこれやを分かりやすく、自分の言葉で。

其の20「違いのわかる男」の何が違うのか?

  https://youtu.be/FFwph7CkCb8
違いのわかる男 遠藤周作篇 pinterest.jp



ブランディングで最も大事なのはConsistencyとContinutityである!」とは担当していた欧米クライアントの本社コミュニケーション・ディレクターから何度となく言われたことです。

  正直言うと、それでは同じことの繰り返しで陳腐化してしまうではないかと、反感を覚えたものです。しかしながら、多くの試行錯誤の果てに、これは誠に金言だったと実感しているんです。

  Consistencyは一貫性です。
製品思想から顧客の手に渡り、アフターサービスに至るまで、途切れなく引かれた一本の線のようにブランディングの考え方がブレがなく同一であること。この一貫性は、顧客に対する企業のPromise = 約束です。

  世界最高のSafetyのブランディング哲学で世界を席巻したスウェーデンの車メーカー、Volvo。 同社が世界で初めて三点式シートベルトを開発したことは広く知られています。Safetyを約束するVolveの一貫性を担保しています。

  Volvoの三点式シートベルトにもし不具合が見つかり、同社がもしこれを隠蔽したとしたら、どうなるでしょうか? Volvoの中核的なブランド価値は一夜にして毀損するでしょうね。Safetyについての一貫性が瓦解するからです。

  一貫性の大事さについては誰もが否定はしません。実践するにあたり、実は本当に難しいのはそれを長期間に続けることです。飽きずに、倦まずに。この間、経営者も変わり、マーケティング本部長も山ほど変わりするわけですから、同じことを続けるのは本当に難しいことです。

  なぜ、それほど難しいことなのか?
ブランディングを行うのが生身の人間でからです。新任すると人は、自らの存在証明のためにも改革をしたがります。前例主義が事業をダメにするとはよく言われることですが、逆に改革全てが是なわけではありません。

  以前ご紹介しましたが、マーケティングの泰斗コトラー翁はこう言っています。「良いブランドと確信したなら、安易にこれを変えてはならない。良いブランドは厳格に社内外の圧力から守られなければならない。」

  社内の圧力って、さしずめ新任のCEOやマーケティング本部長、社外は大株主ってところでしょうか。広告代理店は基本的にクライアントの言うことに黙従しますから、圧力にはなりませんね。😁



  さて、日本で最も長く継続を「守れた」ブランドキャンペーンって何でしょうか? 私はこれは、ネスレ日本ネスカフェゴールドブレンドというインスタントコーヒーで行った「違いのわかる男」という広告シリーズだと思うんです。ググってみたら、シリーズは1970年の映画監督の松山善三を端緒に2010年の俳優大沢たかおまで40年にわたり、40名のセレブリティを起用しています。

  一年一人の「違いのわかる」セレブリティを起用して、40年です!
この間、ネスレ日本のCEOが何人変わり、マーケティング担当、宣伝部長は何人変わったのでしょうか? 物凄い継続力ですね。意志力と言ったほうが良いのかも。

  ちなみにこの間の「違いのわかる男」の錚々たる面子から独断で10名選抜😁してみると。。。

中村吉右衛門(歌舞伎役者)、遠藤周作(作家)、野村万作狂言師)、阿川弘之(作家)、やまもと寛斎(ファッションデザイナー)、
高倉健(俳優)、小田和正(ミュージシャン)、宮本亜門(演出家)、
野口健アルピニスト)、外尾悦郎(彫刻家)

  とてつもない顔ぶれですね。というか選抜できないというのが本音です。シリーズの中には女性陣として版画家の山本容子さん、写真家の蜷川実花さんも入っており、タイトルは「違いのわかる男」から「上質を知る人の」、そして「違いを楽しむ人の」と変遷していきますが。

 https://middle-edge.jp/articles/DINVY?page=2
 ミドルエッジより。歴代「違いがわかる男」を紹介しています。


「違いのわかる・・・」の「違い」の意味は製品ネスカフェゴールドブレンドの製法にあると思います。1967年に新発売されたゴールドブレンドはそれまで日本人に馴染みのあった細かいパウダー状のインスタントコーヒーではなく、抽出した原液を凍結させてから粉砕する製造法で作る粒状の画期的なものでした。

  一歩上をいく、これを英語ネイティブのマーケターはよくOne notch aboveといいますが、そのOne notch aboveな製品と、この違いがわかる一歩上をいく文化人というセレブリティをイメージ上被せたのがこのシリーズです。(断言してますが、あくまでも私の見立てです😁)

  このキャッチコピー「違いのわかる男」がブランディングCMの成功譚としてしばしば引き合いに出されるのですが、これはあくまでも表面的な事象だと、私は思います。このシリーズのブランディングの強みはむしろ、潜在意識に働きかけるブランド・ソーマにあります。

ブランド・ソーマ? なんだそれ?
…ですよね。説明しますね。


  元コカコーラ社でクリエイティブ戦略を担当したBrand Strategistのダリル・ウェーバーは著書Brand Seductionで、著名な神経学者アントニオ・ダマシオが「デカルトの誤り、情動、理性、人間の脳」で展開した彼の主張を説明しています。曰く「デカルトが心と体、つまり情動と合理的行動を切り離した二元論を唱えたのは誤りでこの二つは密接に結びついている。」

  直感は、無意識(意識下)の記憶や経験が人をより良い結果に向かわせ、または危険を回避する感情で、人の行動を誘発しようとするものである、と。

  ダマシオは、人の意思決定に影響を与える意識下からくるその直感をソマティック・マーカーと呼びました。Somatic marker。Somaticとは肉体的なという意味。心理、mentalの対義語です。

  人は日常で経験した様々のことに対して無意識に肯定的な、あるいは否定的なマークをつけて、次に経験した時の行動に有利になるようするらしいのです。ひとの脳って凄いんですね。本当に凄い。

  ブランドに対しても同様です。ブランド体験に、肯定的か否定的なソマティック・マーカーをつける。ブランドを提供する企業にとっては怖い話です。無意識だから、いくら口頭で説明してもダメなのかも。

  「今日のマーケティング担当者たちは購買者の強いブランド愛を築こうとして必死だが・・・」とウェーバー氏は続けます。「しかし現実的にはそんなブランドはほとんど無く」「日常品は特に意識せず、習慣で、直感的に人はものを買っている」・・・しかし、その「直感的」な行動には実は肯定的・否定的な過去の無意識下に隠された印象が潜んでいる。ブランドが買ってもらえるわずかなチャンスは、このソマティック・マーカー次第というわけである。

  市場調査会社のミルウォード・ブラウンの会長エリック・デュ・プレシスはブランドのソマティック・マーカーを指す「ブランド・ソーマ」という言葉を考えました。強力で肯定的なブランド・ソーマを作り、それを広告や店頭広告で展開するのがマーケティング担当者の役割だ、と断じています。

  さて、ネスカフェゴールドブレンドに話は戻ります。
「違いのわかる男」というキャッチコピー、「挽きたての味と香り」というサブキャッチ、これらは意識上の広告であり、無意識に訴えるブランド・ソーマではありません。では私が言ったブランド・ソーマは何か?

  そのブランド・ソーマは40年間TVCMで流され続けた、女性歌手の「ダバダ〜」というスキャット・ソングです。平成生まれの若い方には「ちょっと何言ってんのか分かんない」でしょうけど、昭和世代にはピンx100回くらいピンとくるでしょう。そうです、あの「ダバダ〜」です。このスキャットを聞くと不思議とコーヒーな気分になるんです。
 


  ちなみに、どこかのテレビ局が昔バラエティの中で、ある面白い実験をしてました。場所は喫茶店。隠しカメラでコーヒーを飲んでいる男性客を追います。突然BGMに例のダバダ〜・スキャットを流します。なんとコーヒーを飲んでいる男性客のほとんどが、遠くを見るような目になり、コーヒーの香りを楽しむように気取ったポーズを取ったんです。まさにブランド・ソーマが発動した瞬間ですね。本人は何も意識していなかったと思います。😁


  ブランド・ソーマとして聴覚に訴えるものは強力だと思います。
私の場合、後付けで考えてみたんですが、いくつか思い当たります。

  商品・サービスの類ではありませんが、ひとつは倉本聡の不朽の名作テレビシリーズ「北の国から」のテーマ曲。さだまさしのあのアカペラソング「あ〜あ〜、あああああ〜あ」が聞こえてくると、なぜか気持ちが和らぐんですね。あれを聞いていると夫婦喧嘩にはなりません。

ふたつ目は・・・長くなるので、今日はやめときます。

みなさん、心当たりのある自分殺しのブランド・ソーマって何ですか?
考えてみると面白いかもです。あまり考えずにいつも同じものを買っている製品、意識下には何かありますよ、きっと。