必ずブランディング通になれる3分で読めるエッセイ〜ブランドのチカラ

ブランディング・コンサルタントの経験譚。Barで若きマーケーターとスコッチ飲んで話す気分で。ブランディング & マーケティング・コミュニケーションのあれやこれやを分かりやすく、自分の言葉で。

其の (35) ブランディングは脳科学 ⑤

f:id:brandseven8:20210107164141j:plain其の (34) に続けて、顧客の脳の無意識領域に爪痕を残すために、「ブランディング・ファンタジー」に加えてダリル・ウェーバーが示した2つ目の打ち手について、本稿では論を進めていきたいと思います。

心と体を別のものとしたデカルトのとなえた「二元論」は間違いであると言ったのは脳科学者のダマシオです*1

心〜感情は英語でemotion、体〜動機はmotivation、双方ともmotion=動き、動かすを語源として持ちます。

心が動けば、体が動く。
逆に言えば体が動けば、心も動く。

楽しいから笑うのではない、笑うから楽しくなるのだ、と言ったのはアメリカの心理学の祖、ウィリアム・ジェームス(1842年)ですが、正確には楽しいから笑うんだし、笑うと余計楽しくなる、というのが実際なのではないでしょうか。

心と体は二元論のように別なものではなく、表裏一体である、ということを今の時代にあって否定する人はいないでしょぅ。

現代人に多い鬱病では、気分が落ち込む、やる気が出ないなどメンタルな面だけではなく、倦怠感、動悸息切れ、頭痛などの肉体的症状が出ることが症例として多くあることはよく知られています。

人の脳と体は一体に結びついているという考えを発展させて、脳神経科学者のアントニオ・ダマシオは、人のよく言う「直感」に思考のメスを入れました。

直感(intuition、本能)は、脳内に入ってくる数多のデータを無意識下にストックし、外部からの刺激に応じてストック内にある相対する感情を発露し、この影響でより良い結果に人をそれとなく誘導するものである、と彼は見立てました。

優れた科学者のダマシオは、直感は脳内の過去の膨大なストックデーターから導き出される反応で、決して超自然的なもの、根拠のないものではないとし、私たちの意思決定に暗に、常に、影響を与えているこの「直感」を表す「ソマティック・マーカー」と言う革新的な言葉を作り出しました。

ソマティック、somaticとは英語で肉体の、という意味です。マーカーは文字通り印です。


日常的に経験したことに対して暗黙的に学習すると、私たちはそれにマーカー(無意識に記憶した印)をつけ、その時に感じた否定的な、または肯定的な感情とそれにより誘引される反応行動を紐づけます。

小さい頃に犬に噛まれた経験のある人は、犬が近くにいると、手のひらが汗ばみ、心拍数が上がり心が警戒警報を鳴らして、結果犬から遠ざかることになります。彼らの場合、犬のマーカーが否定的な感情と結果的な逃亡を引き起こすわけです。

逆に小さい頃から家の愛犬に舐められ、共に遊んで過ごした経験のある人は、犬を見ると気持ちがウキウキして、近づき撫で回すことになるでしょう。犬というマーカーが彼らには、好意的感情と結果的に接近を引き起こしたわけです。

同じ犬なのに、二人の「犬のマーカー」はかたや危険アラート、かたや友好サインの「直感」として脳無意識下に紐づけられてい、全く異なる行動を惹起するわけです。

このように私たちの感情は全ての決断行動に関わっていて、ブランドも例外ではありません。私たちがあらゆるブランド経験に肯定的、または否定的な色をつけると、無意識はその経験を裏付けとして保存し、そのブランドに対するソマティック・マーカーや直感を作り上げるんです。

ブランド経験って、広告とかの表層的な話だけではありません。広告の占める割合はむしろ低いのだと思います。その製品サービスに関わるありとあらゆるコンタクトポイントでの経験の集積がブランド体験です。

ちょっと自分の話をしますね。何年か前に車を買い替えようかと思い、妻と二人連れ立って某外車のディーラー店に行ったんですね。近所のコンビニにちょっと買い物に行った帰りに思い立ったんで、二人ともダメージジーンズにTシャツの、ドレスダウンの服装です。よく言えば。😀

二人についたディーラー社員さんが、席で「一応」二人のお目当てだった車種の見積もりを作ってくれたんですが、じゃ帰りますという我らを未練なく送り出してくれました。お決まりの念押しも次回のアポどりもなく。あっさりと。

帰りの車中、妻がいきなり「コーヒーの一杯も出さなかったよね、ここ。このブランドはないね。」と一言。暑い夏の日だったので、アイスコーヒーは飲みたかったんですね。正直。

既に会社を早期退職して、フリーランスの身だったので、お客様カードを書いた時に値踏みされたのでしょう。夫婦揃ってダメージジーンズだし。☺️

でも目がきく営業さんなら、夫婦が乗ってきた車はそのディーラーのブランドよりワンランク上のクルマなのはすぐ悟ったでしょう。そもそもローンじゃなくキャッシュで買うつもり満々の勢いだったのに、その気配が分からないとは…。

てなわけで、その後その外車ブランドは夫婦の検討ブランドから外れました。完全に。

客への応対はそのディーラー店の問題で、クルマとは本質的に関係ないのにね。ブランドのCX*2がどれほど大事か、って話です。

特に最終決定がディーラーの販売店であるクルマやバイクですから、ディーラーの対応がどれほど大事なことか。メーカーからしたら怖い話です。

ほんの一人の接客担当営業が客をみくびり、コーヒーを出さなかったばかりに。何百万もするクルマの成約が一瞬で無くなった。典型的な機会損失、ってやつです。

とにかく、この外車についてはこのディーラー店での嫌な経験、つまり否定的な感情を伴った記憶が、ブランドを評価しないことに繋がってしまっているんです。

たかがコーヒー1杯のことです。正確には夫婦だから2杯ですね。
でも其の向こう側に、冷ややかな気持ちを透視したんですね、その潜在顧客は。あ、我々夫婦のことですけど。
コーヒー一杯を軽んずるなかれ。特に暑い夏の日のアイスコーヒー!😁

笑われそうですが、冗談ではなく、今でもこの外車ブランドとアイスコーヒーが重なると、いやーな感じになるんです。これ、複合的ソマティック・マーカーですよね、きっと。

まったく合理的じゃありません。
でも、心理学者・行動経済学者で著名なデューク大学のダン・アリエリー教授*3じゃないけど人間の選択、行動は不合理、irrationalなんです。私だけじゃない。☺️


この話、次回も続けたいと思います。

*1:デカルトの誤り、情動、理性、人間の脳」

*2:Customer Experience. ユーザー体験、顧客体験のこと。製品やサービスについて消費者が様々な接点で得る体験の総称です。

*3:アメリカの心理学、行動経済学者。著作に「予想通りに不合理(Predictably Irrational)」、「不合理だからうまくいく」(The Upside of Irrationality」など