必ずブランディング通になれる3分で読めるエッセイ〜ブランドのチカラ

ブランディング・コンサルタントの経験譚。Barで若きマーケーターとスコッチ飲んで話す気分で。ブランディング & マーケティング・コミュニケーションのあれやこれやを分かりやすく、自分の言葉で。

其の37 ブランディングは脳科学 ⑦

f:id:brandseven8:20210121194151j:plain 前稿に引き続き、本稿ではエリック・デュ・プリシス*1の著書 The Branded Mind*2について筆を進めたいと思います。


  とりわけ私が本書で最も刮目した氏のとなえる「ドーパミンな瞬間」についてです。

  脳科学者ダマシオがとなえた人の無意識の行動を誘発する、脳に埋め込まれた経験則的な感情刻印のソマティック・マーカー仮説を、ブランディングの領域に持ち込んだプリシス氏が作り出した考えが「ブランド・ソーマ」でした。

  マーケターは必然的に機能的便益(functional benefit)に立脚した差別化、つまりU.S.P.*3アプローチを採用する傾向が強いはずです。

  なぜか。市場分析、競合分析、SWOT分析を経て、演繹的に導き出されるマーケティング戦略は, ロジカルに有効に思われるU.S.P. アプローチがフィットするからです。

  論理的に説明がつくので、企業組織的にも、マーケティング部社員は上司、役員の合意を取りやすいわけです。

  機能的便益を超えて、感情的便益、すなわちEmotional Benefitを訴求するブランディングこそ是であり長期的に有効という主張はマーケターも先刻承知のはずです。

  でも、感情的便益の訴求というブランディング戦略を上司に通すのは至難の技です。

  「それで売れるのか。」という質問に答えるのが難しいからです。というか、無理です。

  ブランディングの力を了解し、理解を示す上層部でなければ、Go Aheadを出さないでしょう。

  マーケターも、いわば企業組織人、昔の言い方で言えば「サラリーマン」です。上層部と論争してまでブランディング戦略を通そうというサムライはそうそういないでしょう。

  厄介なことは、短期的な売り上げ達成のためにはU.S.P.アプローチがそこそこ有効だったりするからです。

  でもこれはあくまで短期的施策であって、何年経っても顧客の記憶に残るようなブランディングは出来ない、つまり広告宣伝費、プロモーション費をかけ続けなければならないのです。

  ブランディングは製品・サービスが長期間にわたって売れ続けるモメンタムを作るためのものです。「ブランディング」とよく言われる所以です。

  現実は今四半期、半期のことが株価維持のためにも大事なんだという考えが主流でしょうから、ブランディングというのは上場企業には厳しい道なのかもしれませんね。むしろ非上場の中小企業向きなのかもしれません。

  プレシス氏は商品・サービスを想起するときに、好意的(または否定的な)感情が過去に蓄積された複層的な経験記憶から湧き上がるイメージをブランドと考え、そのきっかけとなる脳無意識したに刻まれた印をブランド・ソーマと呼びました。

  ブランド・ソーマが起動してポジティブな経験記憶に結びついた好意的なイメージが大脳辺縁系から蘇るときに、ドーパミンが放出される、とプレシス氏は書いています。

  ご存知の通り、ドーパミンは中枢神経系にある神経伝達物質で、快楽・多幸感、意欲、学習などに関わる感情として知られています。

ブランドについて思ったときに、「それは何か」という認識だけではなく、「それによってどんな気分になるか」というポジティブな感情が惹起し、ドーパミンが活性化される。
さらに、ただ消費することを考えただけで、ドーパミンが放出される

  プレシスの言う「ドーパミンな瞬間」がこれです。膝を打ちたくなる知見ですね。

  「ただ消費する(購買をする)ことを考える」だけでドーパミンが分泌され、多幸感に包まれる。

  
  納得できます。私の妻の好きなショッピング系チャンネルをすぐ思い浮かべました。

  「今日だけのご提供」「もう一つプレゼントがついて」「お値段が本来〇〇のところ」「残りあとわずか・・・」など、マーケティング心理学の本に載っているテクニックに溢れています。ショッピング系チャンネルは経験則的にリアルにこうしたテクニック群の有効性を知り尽くしているのでしょう。

  「何言ってんだ、あれこそFunctional Benefit、機能便益のオンパレードじゃないか、ブランディングもヘッタクレもないだろう」・・・。ですよね。そう言いたくなるのはよく分かります。

  ショッピング系チャンネルの構成をよーく観ているとわかることがあります。結構紹介の分数が長いですよね。何かで読んだ記憶があるんですけど、ショッピング番組の尺は30分はないと売り上げが伸びないそうです。それでハッと気がついたことがあります。

  機能性を長々と説明するだけで番組が長くなっているんじゃないんです。試してみる役の人がいて、使い心地や、気分が良くなること、つまり「それを使ったらどんな気分になるか」をガッツリ伝えているんです。

  ドーパミン分泌を促しています。「ドーパミンな瞬間」です。ブランディングの一側面を捉えています。

  それぞれの商品・サービスではなくて、ショッピング系チャンネル自体の無意識下のブランディングですね。この番組を観る→ドーパミン出る→また観る→ドーパミン出る。鉄板の条件反射です。

  妻はショッピング系チャンネルをケーブルTVで深夜よく観ているんですが、たまにしか買いません。それなのによく飽きずに毎晩観るよねと思っていたんですが、そういうことなんですね。

  彼女の脳内ではドーパミンが出まくってるんです。購買する行為を思い浮かべただけで、ドーパミンが出るんですから。毎晩幸せだったんです。邪魔しちゃいけない。☺️

  考えてみると、この「ドーパミンな瞬間」をどう顧客に仕掛けていくか、がマーケターの最大のアサインメントですよね。CX*4全てのコンタクトポイントでこれを仕込む。

  快楽・多幸感を刺激するドーパミン活性化を誘発するような「人の本能を刺激する」ブランド・ソーマが何かを考える・・・マーケターの仕事はこれが至上課題なんですね。

  「ブランディング脳科学」のタイトルのシリーズも今回で7回目となりました。この話題は尽きることがないんですが、次回でひとまず区切りをつけようかと思います。

  次回はまさに「ひとの本能を刺激する」ブランド・ソーマについて考える・・・です。

 どんなソーマがドーパミン分泌を引き出すか? 詰まるところ、マーケターの知りたいのはここなんですから。いいから「早く言えよ!」と。はい、次回に。😀

*1:多国籍マーケティング調査会社Milward Brown 南アフリカ代表、著作家

*2:邦題:ブランドと脳のパズル 中央経済社 2016年

*3:Unique Selling Proposition = マーケティング用語。商品・サービスが持っている独自の強みのこと

*4:Customer Experience。ユーザー体験、顧客体験のこと。製品やサービスについて消費者が様々な接点で得る体験の総称。