必ずブランディング通になれる3分で読めるエッセイ〜ブランドのチカラ

ブランディング・コンサルタントの経験譚。Barで若きマーケーターとスコッチ飲んで話す気分で。ブランディング & マーケティング・コミュニケーションのあれやこれやを分かりやすく、自分の言葉で。

其の43 ブランドを語った偉人たち in Japan 〜藤岡 和賀夫〜

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富士ゼロックスの「モーレツからビューティフルへ」TVCM(1970)

  ブランドを無形の資産*1として学者やマーケティング専門家が語り、研究し始めたのは1980年代の米国でした。

  著名な学者にはかのマーケティング学の泰斗ディビッド・アーカー教授がいます。

  とかくイメージ論でしか語れていなかったブランドを資産価値のあるものとして、科学的に分析測定をすることを提案したのです。

  このあたりの経緯は日本マーケティング学会前会長で中央大学ビジネススクー 田中 洋 教授の大著ブランド戦略論*2に詳しいので、割愛します。是非教授の力作を読んでください。これ一冊読めばそこそこのブランディング通になれます。ほんとに。


  さて、これらのブランディング論を知っていなくても、実はその本質を別な言い方、思想で語っていた日本の広告人がいたことを何回かにわたってご紹介したいと思います。

  本稿では故 藤岡 和賀夫氏についてお話しします。

  ふじおか わかお、と読みます。

  1970年代にJR*3のDiscover Japanキャンペーンや、いい日旅立ち、そして富士ゼロックスのモーレツからビューティフルへを仕掛けた知る人ぞ知る電通の名プロデューサーです。

  氏が書いた「現代軍師学(プロデューサー)心得」という本があります。1982年初版です。

  まだブランディングという言葉が一般的でなかった時代の著作なので、当然「ブランド」という言葉は使われていませんが、実はその要点をついた発想をいくつも氏は本中に著しています。氏は多くの著書を上梓しましたが、本書は最近になってとても気になった本の一冊なんです。


  本稿はその慧眼を紹介したいと思います。

  この本「現代軍師学心得」第5章クリエイティブ・パワーで、氏はカンヌ国際広告賞で金賞をとったサントリーのTV CM「雨と子犬」の話を書いています。

  今から30年ほど前のCMです。今でもこの映像を見ると、当時のある感情が心に浮かんできます。


youtu.be

minuta06 チャンネルより


  夕刻につかれる鐘の音と共に寺を出てくる子犬。
雨の中、街中に迷い出た子犬は人の足の間をチョコチョコと避けたり、公園の木陰で雨宿りをしたり、そして川沿いを懸命に歩いて行きます。
エンドカットでやっと広告商品が出てきます。

  コピーが”トリスの味は人間味”。
ナレーションが被ります。
「いろんな命が生きているんだなぁ。元気で。とりあえず元気で。みんな元気で。」

  CM本編では、このサントリーのウィスキー「トリス」については一言も触れていません。美味いの一言もない。何も言っていない。

  このCMについての氏の言及を抄録します。

私がこのCMで際立っていると感じるのは、商品からの発想が全くないということなんです。商品との脈絡が全くない。

カンヌでも最後までそこが問題になり金賞授与に反対する審査員も多かったそうです。

ただ子犬が雨にそぼ濡れて走りまわっているだけです。でも可愛いというか、可哀想というか、それこそ筆舌に尽くしがたい詩情が満ち溢れています。

商品からの発想がない、商品との脈絡が何ひとつない。作品としては金賞だがCMとしては落第、そう考える人がいて当然です。

現にカンヌも審査員の多くがそうだった。アメリカならもっとシビアで、CMとして認めないだろう。

  CMとして疑問を持たれるのは当然だとしながら、
氏はこのCMが詩情を感じさせることのクリエイティブ・ワークをアートを評価します。そのアートが私たちに何かを訴え、何かを伝えてくると。

  アンダーラインの部分、実は本質を伝えてくれています。商品特性とかメリットとか、そういうことは全く語っていないのに、見るものに何かを伝えてくるもの、これを氏は「アート」と言ってみたり、「文化」と言ってみたりしています。

  氏の指摘した「人の心に訴えてくる(商品と関係ない)エモーション」・・・これがブランドなんです。と今なら言えます。☺️

  ブランドを「文化」とか「アート」とかで表現すると、広告宣伝は商品の特徴を言ってナンボ、アーチスト気取りのコピーライターやアートディレクターは無用!という実務派の企業側からとっちめられます。当時も今も。

  私は欧米系のクライアントと長く付き合ってきたので、商品サービスのU.S.P.を主軸にコミュニケーション全般を作ること、つまり商品発想のやり方も理解していますし、一方でそれだけに拘泥しないブランディングの創生も手がけてきました。

  簡単にいうと、U.S.P.アプローチの延長戦上に、ある昇華したEmotional Value、Emotional Benefitを発見創作したものがブランドです。

  だから、商品と無縁じゃないかという指摘は違うんです。延長線上にあり、商品やサービスの特徴は断捨離されているだけ。本質だけが残っている。至高です。

  氏が高く評価したサントリー・トリスの「雨と子犬」の場合、昇華価値は「普通に生きてるだけど、頑張ってる自分にお疲れ様の一杯を。」つまり元気で普通が一番、ということだったのではと私は考えます。

  少なくとも私はそれでグッときたんです。

  このCMが放送された1981年当時、私は藤岡さんの勤める電通に入社したばかりの新入社員でした。

  「鬼十則」という社員心得が社員手帳に載っているくらいのダイハード☺️な会社で毎日を過ごしていくには、足がつるほどに背伸びをし、知ったかぶりをし、自分を3割から5割増で誇大しなければならなかったのです。

  そう信じ込んでいました。周りはモーレツに頭のいいやつ、モーレツに体力のあるやつ、モーレツな金持ちの子女、モーレツなイケメン・美女・・・家に帰ってくるとぐったりげんなりです。

  この受賞CMは60秒です。広告賞を意識してCMをつくることはよくあります。60秒枠というのはテレビCM枠としては取りにくいし、まず放送しないので、私がこのCMを観たのは放送ではなくて、カンヌ受賞CMとしての勉強会のときだったかもしれません。

  グッと来たのはよく覚えてます。

  ホントは普通の人間の自分が鎧を脱いで、ほっと、一息つく。そんな時はサントリーのあれがいいなぁ、と思ったのかもしれません。

  入社して以来、格好をつけて I.W.Harperばかり飲んでいた自分でしたが、サントリーのウィスキーを家に置くようになったんです。気張らないでほっとするから。☺️

  でもそれ、トリスじゃなくて、ホワイトでした。サントリーのあれがいいよな、でしたから。

  ホワイトになったのはサミーディビスJRのCMの影響だと思います。これも気取らない、気張らないフツーの感じ。アメリカ人だから鼻歌混じり。😁

  まぁいいじゃないですか。サントリーなんだから。これがブランディングです。


  私にとってサントリーのウィスキーは気取らない、気張らない、という等身大ウィスキーなんです。そう脳内ブランドが出来上がっている。


  ちょっと話が藤岡さんからそれちゃいましたね。次回はまた氏の話に戻します。

*1:brand equity

*2:有斐閣 2017

*3:当時は国鉄