必ずブランディング通になれる3分で読めるエッセイ〜ブランドのチカラ

ブランディング・コンサルタントの経験譚。Barで若きマーケーターとスコッチ飲んで話す気分で。ブランディング & マーケティング・コミュニケーションのあれやこれやを分かりやすく、自分の言葉で。

其の50 ブランドを語った偉人たち〜梶 祐輔 ⑤〜

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SONYWalkman TVCMより(1987)

 

なかには素晴らしい15秒スポットもあるのだ

 

 ここまで、ぼくは日本のテレビコマーシャル、なかでも15秒スポットに対して、悪口雑言の限りを書きつらねてきたのだが、もちろん、この国には、鮮烈で、感動的で、一度見るといつまでもアトを曳く、すばらしい15秒スポットCMも、数はそう多くはないけれど存在する。そのことを書いておかなければ、ぼくは、ものを知らないやつ、といわれてしまうだろう。

 

 1995年1月17日早朝、阪神淡路大震災がおこった。いちめん瓦礫の山と化した神戸の街に、被災地をとりまく関西の各地に、ひとつのCMが流れた。それは被災した人びとや、それを支援するボランティアや、被災地からのあ、あまりにも悲惨な情報に動転したふつうの人たちに勇気を与えた。

 

 

 

  梶祐輔氏は著書「広告の迷走」で、公共広告機構阪神淡路大地震後に緊急に作成した一本のテレビCMをこのように紹介しています。

 そのCMがこれ。

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  これはCM制作チームが被災地を実際に歩いて回って、実際にぶつかったシーンを素材に取り上げたものなんです。

  梶さんが批判してやまないタレントCMと対極にある、「水自由に使ってください」という文字が書いてある張り紙と、おばちゃんの声(おじちゃん?)だけがタレントの役割。タレントどころか、人間の姿も一度も映し出されていない。

 

  「しかしこのCMは、何と人間の温かさに満ちていることであろう。たくさんの視聴者のハートをとらえただけでなく、たぶん非常にたくさんの人たちを善意の救援活動に駆り出したであろうと思われるCMだった。」と梶さんは絶賛しています。

 

  データはないんですが、実際に救援活動をおこなう街のひとや、近隣からのボランティアの動員効果があったのではないか、と思うんです。できることは何かないか、と気持ちが動きますよね、このCM観てると。

 

  CMはシリーズで、こんなのもありました。構成は同じ。張り紙と人の声だけ。

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  阪神淡路大震災の時の「水自由に使ってください」CMは、実は以前紹介したキンチョーのCMを数多く作った「面白CM制作梁山泊」、大阪電通の人呼んで「堀井チーム」の手によるものなんです。人の気持ちを揺さぶり感動させる真面目なCMも作れるんですよ。😂

 

  「震災支援・井戸水」編という、このTVCMは後にACC全日本CMフェスティバルのグランプリを受賞しました。

 

 

   この「井戸水」編に続いて梶さんが紹介しているのがSONY ウォークマンの猿が主人公のTV SPOTです。

  まずはそのCMをご紹介します。

 

 

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  1987年のTVCMです。

梶さんのこのCMの讃えっぷりを要約引用します。

 

  ソニーウォークマンの「猿」。このCMは、湖のほとり、ウォークマンを聴きながらじっと立ちつくしている一匹の猿の映像が素晴らしく美しい・・・

ナレーションがいう。

音は進化した。

ひとはどうですか。

新世代、ウォークマン誕生

 

  このCMはおしゃべりではない。

商品についてはほとんど何も語られていないが、どんな饒舌にもまして、伝わってくるものが多いのである・・・

 

  猿のチョロ松以外に、有名タレントが登場することもない。それでいて、このCMは大ヒットし、新世代ウォークマンは、対前年比150%の伸びを示したといわれている。

 

  ではあるけれど、これを「商品プロモーションのコマーシャル」と見る人はいないだろう。

 

  これは商品の売り上げを伸ばしたけれど、それ以上に商品の「価値」を高めたコマーシャルとして評価するのが正しい。

 

  これこそロイヤリティの高い消費者の心にも確実に届く、香り高い「アドバタイジング」であると、ぼくは考えているのだ。

 

 

  このTVCMが放映された1987年というのは、まさに日本がバブル景気に浮かれていた時代です。地価が以上高騰し(この年に銀座で1坪1億円を突破しました。)「財テクブーム」という言葉が流行り、某生命保険会社が財テクの一環でゴッホの「ひまわり」を53億円で落札して世を驚かせました。

 

  少し後、バブル崩壊の直前にはこの時代の極め付け、総括のようなスタミナドリンクのTVCMが世に流れました。今これを見るとかなりブラックな感じがしますが、当時の空気感が伝わってきます。

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  このバブルの最中にSONYが放映した新WalkmanのTVCMは、静謐なトーン&マナーで逆に極めて異色で目立っていたという記憶があります。

 

  タレントは使っていない、余計な売り込み文句も言っていない・・・と梶さんが絶賛したCMです。

 

  実際にCMに出ている猿は「チョロ松」という、周防猿まわしの会に所属していた、まぁいわばお猿さんタレントなんですが、CMでは一猿☺️として出ているんで、タレントCMではありませんね。

 

  引用文にあるアンダーラインしたコメントが梶さんの考えを伝えてくれています。

これこそロイヤリティの高い消費者の心にも確実に届く、香り高い「アドバタイジング」であると、ぼくは考えているのだ。

 

   「アドバタイジング」を「ブランディング」と置き換えると、一気に梶さんの言わんとしていたことが見えてきます。

 

  人を共感させて、好きになってもらうこと、動かすこと、これがブランディングなんだ、と梶さんは言っているのです。(・・・のはずです。ご逝去されていますので確かめようがありませんが。)

 

  書いていていま気がつきました。梶さんの名著「広告の迷走」の表紙、裏表紙ともにビジュアルは猿でしたが、これは梶さんの無意識下にこのSONYの猿のCMがあったのではないでしょうか。

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  自ら紡ぎ出し続ける空虚な言葉の海に、自縄自縛され溺れている広告人を、その迷走を、冷たく静かに見つめている猿・・・山ほどの苦言をタイトル「広告の迷走」と、このビジュアルひとつで語らせている・・・クリエイター梶さんの見事なブランディングです。

 

  ちなみに梶さんが推したこのSONYの猿のCMは、実は同著中でやはり氏が見事な「アドバタイジング」と高評価したサントリーのトリスウィスキーのCM(雨と子犬)を作った仲畑貴志さんの作品なんです。