必ずブランディング通になれる3分で読めるエッセイ〜ブランドのチカラ

ブランディング・コンサルタントの経験譚。Barで若きマーケーターとスコッチ飲んで話す気分で。ブランディング & マーケティング・コミュニケーションのあれやこれやを分かりやすく、自分の言葉で。

其の56 昭和の名ブランディング 〜男は黙って〜

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映画.com
<男は黙って、何を飲んだのでしょう?
こんなクイズがあったら、昭和30年代前半に生まれた男子ならば即答できるでしょう。

昭和31年生まれの貴方、正解です。
そうです。サッポロビールです。

まずはこのTVCMをご覧ください。


youtu.be


どうでしょう。

前稿で8篇にわたってご紹介した日本デザインセンターの創立メンバーの梶 祐輔氏は、日本の広告の迷走は15秒TVCMが原因であると喝破しました。15秒しかないので、必然CMはタレント頼みになり、これでもかと宣伝文句を詰め込むことになる。

外国人クリエイターの友人は「タレント、トツゼン、ショウヒン」と言って日本のTVCMを揶揄すると梶さんは書いていますが、
このサッポロビールのCMも「タレント=三船敏郎、トツゼン、ショウヒン=サッポロビール」です。

しかし、このCMは氏が批判した、宣伝文句の過剰搭載CMとは全く趣が違います。

Youtubeは30秒篇ですが、いわゆる宣伝文句、ナレーションは一言もない。

出てくるのは力強い筆文字で書かれた「男は黙ってサッポロビール」の文字。

タレントの三船敏郎氏も一言も喋らない。美味いの一言もない。

海原をいく運輸船の上で、腰掛け、無造作に持ったサッポロビールをコップに注ぎ、
黙ってグビッと飲む。それだけです。


冒頭のテロップに昭和45年(1970年)と出てきますが、当時私は中学生になる直前。

お酒とタバコはまだやっていませんでしたが、この二つのアイテムはオトナのオトコへの通過儀礼でした。

このTVCMは強烈に印象に残っています。

四の五の言わずビールをグビッとやれる一人前のオトコに早くなりたい、という憧憬の気持ちがわきあがったんです。

もし私が当時ビールの消費者の中心である30代~40代男子だったとしても、このTVCMのオトコらしい飲みっぷりに憧憬を感じたと思います。

私個人の見立てですが、ブランディング価値は「男らしさを放つ」ことにあったのではないでしょうか。髭をはやすことと一緒かもしれません。☺️

CMが放映された1970年当時、お酒の消費量は日本酒がビールを圧倒的に上回っていました。オトコなら日本酒という通念を覆すべく、ビールにそのイメージを付加するという狙いだったのではないでしょうか。

当時はまだユーザーではなかったので、ビールがどんなイメージを持たれていたのかは実感がありません。

サッポロビールのホームページを見るとこのキャンペーンの背景はこう書かれています。

1970年 都市伝説を生んだ沈黙のCM

サッポロビールは爽やかな切れ味が特色であり、やや女性的であるとされていました。当時のヘビーユーザーは男性でしたから、男らしいイメージに方向転換させなければなりませんでした。こうした背景で生まれたのが「男は黙ってサッポロビール」。1970年(昭和45年)のことです。世界の三船敏郎の起用は必然性があったのです。ポスターのデザインは極端なまでに単純化され、ロゴもボディコピーもラベルすらもないのです。テレビCMの音声は音楽だけで、画面には文字だけが流れる「黙った広告」でした。この沈黙の広告は大ヒットし、都市伝説*1にもなりました。

男は黙ってサッポロビール、この稀代のコピーライター秋山晶*2のつくった名コピーは、私の記憶が間違っていなければ、この三船敏郎篇のみで残念なことに終わってしまいます。

ギター侍波田陽区じゃないけど、「残念!」。


現代は男女等しく飲む時代なので、この「男らしく・男は黙って」コンセプトはまったく通用しないでしょうし、逆に炎上すること間違いなしではあります。しかし、男女雇用機会均等法が実施された1985年くらいまでは通用して、強いブランディングができたんではないかなぁと夢想するんです。三船敏郎さんは男らしさマックスの方なので、後任タレントは選出が難しいとしても、なんとしてもシリーズにして毎年タレントを変えて。


「男は黙って」ならば、やはり高倉健菅原文太は外せないですよねぇ。高倉健は2001年、菅原文太は2014年にキリン・ラガービールのTVCMに出演していますが、1970年代にキャスティングしていれば、サッポロの方が先でした。☺️

お二方とも亡くなられてしまいましたが、この方々、まさに「男は黙って」に適役だったと思うんですよね。
そして、ちょっと外して渥美清さん。饒舌な寅さん役で知られる渥美さんがあえて黙っって飲む。いいなぁ。

このCMがシリーズ化されていたなら、以前書いたネスカフェゴールドブレンドの「違いのわかる男」シリーズに並ぶ日本のロングラン・ブランドCMになっていたのは間違いないと確信します。

奇しくも「違いのわかる男」シリーズの一作目、映画監督・松山善三篇が世に出たのは、この「男は黙ってサッポロビール」(三船敏郎)がオンエアされたのと同じ1970年です。

*1:このCMが話題になった後のサッポロビールの入社面接で、面接官が何を聞いても答えない学生がいて、帰り際に「男は黙ってサッポロビール」と言い残して部屋を去ったが、その学生は合格した、という都市伝説。

*2:1936年生まれ。ライトパブリシティ代表取締役CEO。