ブランドの目指す「志」をスローガンにしたものをブランド・スローガンと言いますが、表現の場において、ブランド名の近くに置かれたものをショルダー・コピーとかタグラインと呼びます。
日本ではブランディングは商品そのものよりも、企業自身のイメージを表現するものと考えられているのが実情なので、タグラインは必然的にコーポレート・スローガンが多いんです。
分かりやすい例をあげますね。
NO MUSIC NO LIFE
TOWER RECORD
HITACHI
INSPIRE THE NEXT
HONDA
THE POWER OF THE DREAM
どれも企業の志を端的に表現している名タグラインです。
今回は私のアタマの中に強く残っている、昭和時代のブランド寄りの名タグラインを取り上げたいと思います。
この会社の場合ブランドと共通になるのですが、それはアデランスです。
言わずと知れた、総合毛髪企業、わかりやすく言えばカツラ・メーカーです。
メーカーの方は「ウィッグ」と言いますね。
現在はこの業界は、男性用については、ウィッグから増毛系商品に軸足を移していますが、今回お話ししたいのは、ウィッグ全盛期の時代のアデランスの名キャンペーンについてです。
タグライン*1は「パパ、アデランスにして良かったね。」
アデランスの創業は1968年。同業のアードネイチャーは1年前の1967年に創業されています。
ご存知の通りアデランスとアートネイチャーはウィッグ業界の二大双璧をなすライバルです。
女性カツラ会社の営業だった創業者の根本信男氏が、自分の会社を起業してアデランスを始めたわけですが、創業数年後に画期的なTVCMを開始し、快進撃を始めることになります。
そのCMはこれ。
その経緯をノンフィクションライターの窪田順生さんが以下のように書いています*2。
一戸建て住宅に住む家族。可愛い娘二人と美しい妻が楽しそうに食卓を囲む中で、男性だけは鏡の前で薄い毛をなでつけながら浮かない顔。シーンが変わり、鏡に映るボリュームアップした男性の髪の毛。ニコニコ顔で出勤しようとする父親に娘たちが抱きついて言う。「パパ、アデランスにしてよかったね。」
40代くらいの方ならば、うっすらと覚えているだろうこのCMによって、もともと存在していた「ハゲ=恥」という風潮をさらに進化させ、「ハゲを隠した男は幸せになる」というイメージを訴求したのだ。
かつらが日陰の存在で、悩みを抱える男性に深夜ひっそりと広告を流すのがお決まり、業界最大手のアートネイチャーも深夜11時以降にしか放送していなかった当時、夜6〜7時台にファミリー向けに打ったアデランスのCMは衝撃的だった。
その狙いは、かつらをつけてから家庭が明るくなったというイメージを与え、奥さんや好感を持たせるようことにある、と窪田は当時の宣伝企画課長から聞き出しています。
このCM効果もあり、アデランスはライバルのアートネイチャーを追い抜き業界トップに躍進します。
窪田は、アデランスが「ハゲを隠した男は幸せになる」というプロパガンダを見事に成功させたことを意味すると明言しています。
これはある意味の恐怖訴求ですよね。バレたらどうする?的な。
確かに隠すという意味ではバレたら困るので、一個50万以上するような高額商品のウィッグですが、壊れたときの修理期間のスペアとして、替えの同じウィッグを用意しておく、つまり2個体制をユーザーは取ることになり、売り上げが着実に上がるビジネスモデルとなっていったんですね。
強いブランディングは、人間が無意識下に持っている心理的欲求に根差すと言われます。マズローはそれを5段階の欲求で説明し、マレーは更に深堀り28もの心理欲求を提示しました。
マレーがあげた28の心理的欲求の一つが屈辱回避欲求(”恥をかきたくない”)です。アデランスの展開した恐怖訴求はこの屈辱回避欲求にドンピシャで食い込んでいます。
でも、アデランスはブランディング的にまた別な角度でも心理欲求を掬い上げていたのではないかと確信します。
それは、マレーとマズローが共通してあげている「承認欲求」、認めて欲しいとう強い心理欲求です。
自分の子供に「パパ良かったね」と距離近く言われたいという強い動機に火をつけています。CMでは子供がこのセリフを言っていますが、奥さんもパパと呼ぶはずですから、ダブルミーニングで心に刺さるはずです。
私の個人的な見立てですが、このCMは二つの心理的欲求を満たすとても強いブランディング効果を秘めているんです。
さて、この「パパアデランスにして良かったね」名CMから時代は下り・・・
ハゲは隠すもの、恥ずかしいものというテーゼは高度成長期と歩を合わせるように拡散していきましたが、バブル崩壊後の1990年代以降、むしろ隠さず堂々とカミングアウトするのがトレンドになっていきます。
俳優でいえば、高橋克実、竹中直人、渡辺謙。薄毛を自分の個性として隠さない。外国の俳優で言わずと知れたショーン・コネリー。
また、薄毛になると刈り込みスキンヘッドにするのも流行り始めて、むしろそちらの方が格好いいという評価も。例えば、外国の俳優のブルース・ウィルス、ジェイソン・ステイサム。
2000年代以降には、むしろウィッグで隠すことの方が恥ずかしいと思われる機運が高まってきたように思えます。
実業界でもアップルのスティーブ・ジョブズは薄毛を隠してはいませんでしたし、アマゾンのジェフ・ベゾスはスキンヘッドです。ソフトバンクの孫正義はしばしば自分のハゲをネタにしてスピーチをします。
ウィグのマーケティング的には逆風、いやウィグがすっ飛んでしまいそうな暴風雨が続いて久しいわけで、アデランス、アートネイチャー共に宣伝広告をしている製品サービスは今や増毛分野や育毛発毛分野に軸足を移しています。
高い技術力を生かした増毛法や定額増毛というシステムなど、両社ともfact-orientedな訴求をきっちりと行っています。
でも。
ブランディング・ファースト主義者の私☺️から見ると、これらの訴求は極めてごもっともですが、いわゆるU.S.P.訴求の域を脱していないのではないかと思えてなりません。
アデランス、アートネイチャー両社から言わせれば、我が社の技術の独自性は優位性があり・・・ということになるのでしょうが、U.S.P. マーケティングの弱点は競合が一歩先をいくと、そこで逆転されてしまい、Uniqueness (独自性)が失われてしまうことなんです。
今や両者の課題はU.S.P.の先にあるユーザーの共感をゲットできる感情的なブランディング付加価値を構築することにあるはずです。
アデランスは2011年に芦田愛菜を起用してこの「パパアデランスにして良かったね」CMを復活させましたが、長続きはしませんでした。
時代は妻子が父を思うような時代ではなくなって、関係性が疎になってしまったことが原因なのではないでしょうか。
ターゲット層の感情を揺さぶるブランド付加価値の核はなにか他に現代的に強いものを探す必要があるのだと思います。
それはなにか? それはまたいつか。😀