必ずブランディング通になれる3分で読めるエッセイ〜ブランドのチカラ

ブランディング・コンサルタントの経験譚。Barで若きマーケーターとスコッチ飲んで話す気分で。ブランディング & マーケティング・コミュニケーションのあれやこれやを分かりやすく、自分の言葉で。

其の84 「北の国から」制作秘話 ②

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北の国から」は北島三郎の北海道公演が原点なんだそうなんです。

 

 

何言ってんだこいつ、って思いますよね。でも、これにはちゃんとしたわけがあるんです。これから説明しますね。

 

倉本聰出世作の一つに東芝日曜劇場で、北海道のTBS系列局のHBC北海道放送が氏の脚本で制作したいくつかのドラマがありました。

 

その中の一つに1976年に制作された単発ドラマ「幻の町」があります。

 

笠智衆田中絹代の往年の名優が老夫婦役を演じた名作です。

 

老夫婦が昔住んでいた樺太の町の地図を記憶を辿っては鉛筆舐め舐め作ってい、不明な情報を求めて知人を訪ねます。知人は亡くなっており、その娘を桃井かおりが演じています。

 

そして桃井かおりの恋人、長距離トラック運転手を演じたのが北島三郎なんです。

 

え!と思いますか?

 

1976年当時北島三郎は40歳の男盛りでした。気骨あふれる男のホルモンを放出してたんです。

 

まぁ、知ったような口をきいていますが、実は私はこれを観たのは、数年前の日本映画専門チャンネルでの再放送が初めて。

 

名作「幻の町」の話は置いといて。

話は「北の国から」と北島三郎の関係についてです。

 

 


さて。


「幻の町」撮影のために12月にロケ地の小樽に来た北島三郎は、翌1月函館から青森へと1週間の巡業ワンマンショーをうちます。

 

経緯は分かりませんが倉本聰は頼み込んでこのショーで付き人をやらして貰ったそうなんです。

 

きっと北の町々での付き人体験が、氏のこれからの創作活動に多くをもたらすだろうという動物的直感が氏にあったんだと思います。まさしく「ここ掘れワンワン!」シグナルですね。LOL


倉本聰が「ドラマへの遺言」で次のように語っています。ガリレオ湯川学准教授※じゃないですけど、「実に面白い!」

 

抄出します。


"サブちゃんのコンサートは大体体育館でやるんです。午後1時の開演前、11時くらいから吹雪の中を老若男女が大きい風呂敷を背負ってやってくる。

 

体育館は隙間から雪が吹き込んできて寒いから、風呂敷にくるんで持ってきた毛布や座布団を体育館じゅう一面に敷いて見る。

 

第一部はヒット曲を歌い続けて、第二部はお客さんのリクエストにこたえて歌う。サブちゃんが「自分は流しをやっていたから、3,000曲はカバーできるよ」と言うとお客さんの大歓声。

 

偉い人も貧しい人も学歴もへったくれもない人間対人間の場。

 

観客のおばさんが「女刑事」という曲をリクエストした。思案投首のサブちゃん、「悪いね、オレその歌知らないわ」と謝ったが、ハッと気がついた。「おばさん、あんたそれ女刑事じゃなくて、婦系図(おんなけいず)だべ?」と言うサブちゃん。なまりでジとズが分からなかったわけで。"

「ドラマへの遺言」


長くなりますが続けて以下原文ママ


"それを見ててね、俺は今まで誰に向かって書いてきたんだろうって思った。

 

こういう人たちに向かって書いてたんだろうかって、すごく反省したわけ。

 

富良野でね、近所の農家さんが夜の10時くらいまで働いて疲れ果てて帰ってきて、風呂に入ってビールいっぱい飲みながら俺のドラマを見てくれるのかって。

 

今まで自分は都会で一緒にやってるディレクターとか評論家とか、エリートに向かってものを書いてたんじゃないか。そういう部分が自分の中にあったんじゃないか。地べたに座らなきゃ駄目だと分かった。

 

あれがなかったら、「北の国から」は成立していない。1番の原点ですね。

 

こっちに来て、僕には地元の人たちが偉く見えた。知識の世界じゃなくて知恵の世界なんですよ。


学歴とか偏差値とか都会で競ってる知識なんてなんの役にも立たないと気づいた。ガラッと変わりましたね、やっぱりそこが1番の転機でした"

「ドラマへの遺言」


この付き人体験で「コペルニクス的転回」※を経験した倉本聰は、「北の国から」を手がけるまでの数年間、折を見ては北海道に足を運び原野や漁港、農村を見て回っていたそうです。

 

北島三郎の凍れるコンサートの付き人体験に触発されて、北海道の地べたに座るような体験を積み重ねたからこそ、あの「北の国から」が生み出されたんですね。

 

この件を読んで、頭に浮かんだ「北の国から」のシーンがあります。

 

黒板五郎が富良野を出て東京に向かう息子の純に握らせた一万円札の入った封筒。純が同乗させてくれた長距離トラックの運転手にお礼の車代として渡すと、これは貰えねぇよと返されます。シワの寄った一万円札には農作業で汚れた五郎の手の泥が付いていた。

 

もうひとつのシーンは、東京の元妻の葬式に遅れて翌日到着した五郎を冷たい目で見る親戚筋に、北海道で荒地を開拓して苦労した年上のいとこの清吉(大滝秀治)がたまりかねて言う台詞。

 

「恥ずかしい話だが、あいつは金が無くて、子供達や義妹を先に飛行機で送り出してから、自分は日中夜かけて汽車で来たんですよ。それで遅れた。飛行機と汽車の値段の違い、あなた分かりますか?」…と。

 

どちらも、「地べたに座って」その目の高さで北海道の朴訥な人々を観察し続けた倉本聰だからこそ書けた話なんだと思います。

 

「都会で一緒にやってるディレクターと評論家とか、エリートに向かって」書いたもんじゃないんですね。脱帽です。

 

もう一度「北の国から」を一気観したくなりました。

 

 


最後に。

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ガリレオ湯川学准教授
 東野圭吾推理小説の主人公で帝都大理工学部准教授。新米刑事・内海薫の依頼で難事件を次々と解明していく。内海の、あり得ない超常現象の起きた事件と言う説明に、湯川教授が呟く言葉が「実に面白い!」である。フジテレビがこれを原作に2007年と2013年にドラマシリーズを制作放送した。福山雅治柴咲コウが共演。

 

コペルニクス的転回
 発想を根本的に変えて逆転考察すること。15世紀のポーランド天文学者ニコラウス・コペルニクスがそれまでの常識だった天動説に異をとなえて地動説を主張したことに由来する。俗に「コペ転」と言う。
 倉本聰氏へのインタビューを元に「ドラマへの遺言」を書いた、氏の弟子を自負する元テレビマンユニオンのプロデューサー碓井広義が、この北島三郎付き人経験を同書でそう評している。

 

 

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