ブランディングの話で水木しげる?と訝るひとが多いと思います。そうですよね。水木しげると言えば稀代の漫画家、妖怪をテーマにした独特の作風で知られた方です。
氏の奥様の武良布枝さんの自伝的エッセイ「ゲゲゲの女房」、NHK連続テレビ小説にもなりましたが、この作品で氏の生い立ち、戦争従軍、漫画家としての活躍は広く知られるようになりましたが、ブランディングとはなんの関係もなさそうです。
極めて私的な見方なんですが、今回は水木さんの成し遂げたあるブランディングの話をしたいと思います。
それは、妖怪のブランディングなんです。
氏は漫画でブランディングをしたなんてこれっぽちも思っていなかったでしょう。でもしたんです。したんだと確信します。
皆さんは水木しげるの代表作って何を思い出しますか?
そうですよね。ほとんどの方は「ゲゲゲの鬼太郎」を挙げると思います。
でも、この「ゲゲゲの鬼太郎」って元々は違う漫画タイトルだったってご存知ですか?
「墓場鬼太郎」というんです。貸本屋*1作家としての水木しげるのヒット漫画でしたが、少年マガジンでの連載開始やTVアニメ化にあたって、あまりおどろおどろしいタイトルはまずいというので、ゲゲゲの鬼太郎となりました。
小さい頃に貸本屋は何回か行った記憶があります。上野のあたりだったか。お金を払って借りたのではなく立ち読みです。その時に墓場鬼太郎を見たような、うっすらとした記憶があります。
先述のとおり、1967年から少年マガジンの連載になったり、TVアニメ化されることになり、流石に墓場の鬼太郎では子供相手には不気味過ぎるということで、ゲゲゲの鬼太郎に改名されたんですね。普通我々皆が知っている鬼太郎は、これ以降の鬼太郎です。登場人物(登場妖怪ですね、正確には😀)は目玉オヤジ、ねずみ男、猫娘、塗り壁、一反木綿、砂かけババァ・・・ユニークで憎めないキャラクターです。
ちょっと待ってください。ユニークで憎めないキャラクター・・・妖怪ってそもそも、おどろおどろしい、幽霊と並ぶ怖い異形の存在ですよね。
そうなんです。ここがポイントなんです。
水木しげるの一連の漫画が、これらの妖怪を我々が楽しんでみるようにしてくれたんです。
水木さんは妖怪を、ある意味楽しい存在にブランディングしたんだと確信します。
目玉おやじ・・・「鬼太郎!」って甲高い声で呼びかける憎めない「目玉」ですよね。お茶碗の風呂に浸かったりして。
でも私の小さい頃の貸本屋の記憶では目玉おやじ、当時はそんなネーミングされていたか定かではありませんが、つまり鬼太郎の父の「目玉」はおどろおどろしい存在だったんです。
そもそも鬼太郎は地球に人間より前から存在していた「幽霊族」の最後の一人なんです。
人間族に追われるようにして、人里離れた山奥の廃屋で密かに暮らしていた幽霊族の夫婦は、遂に不治の病となり、妊娠していた妻は死んでしまいます。
顔が溶けてしまってついに父親も絶命しますが、最後に目玉が顔からぽとりと落ち・・・それが目玉オヤジの原型なんです。
そして埋葬された死んだ母親の体内から生まれ出て、埋められた墓場から這いずり出てきた赤ん坊・・それが鬼太郎なんです。だから墓場鬼太郎。
どうでしょう。おどろおどろしいです。貸本屋時代の鬼太郎や目玉オヤジは異形の妖怪そのものだったんです。
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これがゲゲゲの鬼太郎時代になると・・・
異形の妖怪を面白おかしく、親しめる存在として描いた水木しげる。
ブランド付加価値はDiversity, 多様性への憧憬だと考えます。時代は高度成長時代、モーレツが美徳とされ、一分の遅れも許されぬと満員電車に詰め込まれるひとびと…
そんな時代に水木しげるの描いた妖怪は…
番組の唄に歌い込まれています。
♪朝は寝床でグーグーグー
楽しいな、楽しいな、
おばけにゃ学校も試験もなんにもない!
…
おばけにゃ会社も仕事もなんにもない!
憧れますよ。そんな生活。そんな生き方もあり、まさにDiversityです。妖怪になっても良いとは思いませんが。
ちなみに、私は小さい頃より水木さんが描いた「ねずみ男」が大好きで、授業中にノートの隅に毎日のようにいたずら書きをしていたものです。何千回も描いたのではないでしょうか。
先生に「何を描いてる!」とよく叱られたものですが、今考えると「多様性への憧憬」ですと答えれば良かった。LOL
水木さんは、ゲゲゲの鬼太郎のみならず、「悪魔くん」「河童の三平」などでも、妖怪や悪魔といった本来異形の存在を実に親しみやすいものとして描いています。
*1:江戸時代から始まった本を賃料をとって貸す業態。印刷技術のなかった時代ならではの商売。明治時代にも絶えることなく続き、第二次世界戦争後、漫画・大衆本を貸し出すエンタメ業として繁栄した。