必ずブランディング通になれる3分で読めるエッセイ〜ブランドのチカラ

ブランディング・コンサルタントの経験譚。Barで若きマーケーターとスコッチ飲んで話す気分で。ブランディング & マーケティング・コミュニケーションのあれやこれやを分かりやすく、自分の言葉で。

其の45 ブランドを語った偉人たち 〜藤岡和賀夫 ③〜

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「私には夢がある 2016年東京が変わる」*1という本があります。藤岡和賀夫さんが2009年に上梓した本です。これって、言ってみるならオリンピック誘致を機に東京のリブランディングをという提案だったんです。

 

2016年東京オリンピック誘致を当時の石原都知事がリーダーシップを取って行い、2009年というのはまさにIOCが開催地を決定する年でした。この本が出版されたのは2009年10月30日。ご存知の通り2016年オリンピックの開催地は結局ブラジルのリオデジャネイロになりましたが、皮肉なことにIOC総会がこれを決定したのは2009年の10月2日だったんです。本が店頭に並んだそのときには東京敗退がニュースになっていたんですね。

 

 

首都機能分散論というのがあって、これは戦後東京が焼け野原になったのを機に、東京に集中する立法、行政、司法機能を東京圏外に移転しようという構想でした。1960年当時議論を牽引していた河野一郎*2建設大臣が急死して、移転論は霧散してしまいました。

 

そして時代ははるかに下って1980年代、バブル景気で東京の地下が急騰したことで首都機能移転論が再浮上、1990年には衆参両院で首都機能移転を検討する基本方針が決まりました。

首都機能移転論は、その後折に触れて必要が叫ばれ、浮上しては霧散を繰り返します。

1995年のサリン事件や阪神淡路大震災で、テロや自然災害への人口集中都市の脆弱さが認識されて、分散移転論が白熱しました。2011年に起きた東日本大震災は、東京都内でも帰宅困難者を発生させ、東京に直下型地震が来たらどうなるのかと、いよいよ分散移転は不可避の事と盛んに語られました。

 

災害大国日本、この首都機能分散論の考えはとてもリスクヘッジの意味で合理的と思います。

 

しかしながら。

永田町界隈の議論はどこふく風、ご存知の通り経済活動の実際は真逆で、むしろ首都集中、東京一極集中が止まりません。

 

既に網の目のように東京の地下を走る既存の地下鉄のさらに下の大深度を掘り抜いて大江戸線が開通したのが、まさに21世紀初年度の2000年末。

丸の内再開発で2003年に三菱地所が建てた丸の内ビル。

IT景気の象徴と言える六本木ヒルズが竣工したのが、2003年。

2006年の表参道ヒルズ

 

六本木の旧防衛庁跡地に2007年に建った東京ミッドタウン

同じく2007年には三菱グループの丸の内再開発の象徴となる新丸の内ビル。

虎ノ門〜新橋を結ぶ旧通称マッカーサー道路の完成と歩を合わせるように2014年に竣工した虎ノ門ヒルズ

渋谷再開発のモニュメント渋谷スクランブルスクエアは2019年・・・

 

どうしちゃったんだジャパン! 首都機能地方分散論はどこに吹き飛んだんだ?

地方の時代、と政治家もマスコミも口を揃えて移転だ分散だと言ってたのはどうしたんだろう。

 

地方論は、結局ゆるキャラふるさと納税というその場しのぎで、本質的な話はぶっ飛びのまま。。。

 

言葉は悪いけど、結局工事やってナンボの土建国家じゃないですかこの国。ソフトが経済的にも、国民生活的にも…と藤岡さんが思ったかどうかは知りません。多分思ったんじゃないかな。

 

氏は1970年の3月に始まった大阪万博でパビリオンのプロデュースも手掛けましたが、同じ時期に富士ゼロックスの「モーレツからビューティフルへ」をやっています。国の隆盛をうたった万博で、「これはちょっと違うな」と自問自答していたのだと思います。

 

「ビューティフル」への後に氏はJR (旧国鉄)に「ディスカバー」の提言をします。

 

万博期間中の輸送力強化に多額の投資をし、実際にひとの移動を担った国鉄の課題は、ポスト万博の柱を作ることでした。依頼を受けた藤岡さんは以下のように考えたそうです。(現代軍師学心得より抄録)

 

万博が終われば、それに変わるイベントはないか、つまりお決まりの「新製品発売」という手ですね、こういう既存手段は私は嫌だったんで、「旅の意味」を徹底的に追及しました。そこで行き着いたのが、「旅は自分自身の発見だ」というコンセプトです。ディスカバー・マイセルフ。

当時の物質的繁栄一辺倒に対するアンチテーゼになると確信がありましたし、旅をそう捉えると共感を得られるはずだと。ディスカバー・マイセルフじゃ分かりにくいので、ディスカバー・ジャパン〜美しい日本と私〜にしたんです。

 

これ、もう50年も前のことですよ。ずっと時代を下って「自分探し」と皆が言うようになりましたが、その原点ここにありですね。

 

「旅」をハード、つまり客車による物理的移動とか観光(これもある意味ハードです)のようなfunctional benefitとして捉えるんじゃなくて、その先の情緒的価値を生み出すものと捉える。これってブランディングそのものです。国鉄の提供価値を正確・安全・リーズナブルな価格という機能便益じゃなくて、「美しい日本と自分探し」という付加価値に高める、これは見事なリブランディングです。

 

話を冒頭の東京に戻します。

 

著書「私には夢がある...」は氏が2016年東京オリンピック開催の時には東京をこう変えられないかと、夢を語った一冊です。本を書いていた時期にはまだ東京は候補地の一つとして他都市と競っていたんですね。

 

ここに書かれていた内容、とにかくスケールが大きくて凄いです。

 

前書きにこうあります。

 

 

それは都心の首都高 (都心環状線) を撤去して、かつてあった水路・水辺を復活させるという案だ。1964年の東京オリンピック以来半世紀ぶりに東京の都心にきれいな空と環境を取り戻すという話だが、諦め切って無関心に堕ちていた住民にとっては驚喜のサプライズとなる…折りしも、東京は2016年のオリンピックを招致しようと大奮闘の真っ最中だ。そうなら、見事招致が決定した暁には首都高に最後の御奉公という花道を…

 

この本が出たばかりの2009年末にこの著書を読みましたが、余りの風呂敷の広げっぷりにとてもリアルな提案とは思えませんでした。

 

でも、この11年後の2020年、日本橋の上に架かる首都高を地下化することを国土交通省が事業許可し、今年2021年の5月から着工することになるんですね。都心環状線の呉服橋出入り口と江戸橋出入り口を封鎖して、区間日本橋川の川底下に首都高を通すことになります。

 

氏はこう提言しています。

かつて東京はヴェネツィアに負けない水の都であった。1964年東京オリンピックを機会に、首都高を都内に走らせ、多くの川を暗渠にしてしまった。2016年のオリンピック開催を機に、首都高都心環状線を撤廃し、水の都を復活したらどうか。都心環状線は他県から他県へ抜ける通過交通の車が過半数で、外郭環状線へ回ればいいだけの話。工事費で1兆円規模の景気刺激策にもなる。

 

たしかに。Tokyoを自然豊かな水の都にする・・・見事なTokyo Rebrandingです。

 

しかし、氏の思いとは逆に首都東京は益々高層化の再開発が進んでいるのは冒頭に書いた通り。三菱地所が手掛けた丸の内再開発の次は八重洲三井不動産が総力を上げて再開発中です。

 

2020年東京オリンピックもコロナ禍で一年延期となり、本稿執筆中の3月現在では無観客で実施の方向と取り沙汰されてい、藤岡氏が思い描いたかたちとは随分と違ったものになってしまいそうです。首都高都心環状線撤廃も、実現する形は日本橋の頭上を通る部分だけを地下道路化するということに。

 

草葉の陰から「Discover Tokyo!」とはっぱをかける氏の声が聞こえるような気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:マーティン・ルーサー・キング牧師が黒人差別の撤回を求める公民権運動で1963年に行った演説のタイトル「I have a dream」へのオマージュです。

*2:河野太郎衆議院議員の祖父

其の44 ブランドを語った偉人たち〜藤岡和賀夫 ②〜

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左:大阪万博太陽の塔 右:富士ゼロックス TVCM

 

 

前稿に続き稀代のプロデューサー故 藤岡和賀夫氏について書き進めたいと思います。氏の仕事で私の記憶に強く残っているのは何と言ってもJR(当時国鉄)のDiscover Japanキャンペーンと富士ゼロックスの「モーレツからビューティフルへ」の二つの広告シリーズです。


これらは1970年、今から半世紀も前になる時代の広告なんですね。1970年というのはどんな時代だったか。今年企業に新卒入社した人たちのお父さん、お母さんが生まれた頃じゃないでしょうか。


彼らから見れば、どんだけ前なんだって思うでしょう。どんだけ〜!☺️世はまだバブル経済のはるか前、教科書に書いてある「高度成長時代」のど真ん中ですね。


バブルに向けての一本道。大阪万博が開催されたのが1970年です。高度成長下にある国って、オリンピック、次に万国博覧会をやるんですね。悲願でしょう。


中国がそうでした。北京オリンピックが2008年。世界に向けて高らかに中華人民共和国ここにありと世界に発信した訳です。そしてわずか2年後、2010年の上海万博。大国中国の真骨頂ご覧あれって感じです。

 

韓国も1988年にソウルオリンピックを開催。1987年に軍事政権から民主化したことを、盧武鉉大統領が世界にアピールしました。


話を戻します。1970年というのは日本がまさにものづくり&輸出で世界を席巻している鼻息の荒い、興奮状態☺️の真っ最中です。


利休の至ったワビサビとは真逆、むしろ豊臣秀吉の金の茶室イェ〜イの世界。そんなときに「これちょっとおかしくね?」と疑義をとなえたキャンペーンを仕掛けたのが藤岡和賀夫さんなんです。


この時代に正反対のことを言う人はまずいなかったでしょう。経済界から見たら変人にしか見えなかったかもしれません。


1989年、ほぼバブル経済が破綻する直前には、時任三郎が出演するスタミナドリンクのキャンペーンで「24時間戦えますか?」と高らかに吠えたCMが話題になりました。


まぁこのCMはどちらかと言うと自虐的諧謔CMだったと思いますが、これが終焉間近として、大阪万博のあった1970年から更に20年間の長きに渡って日本は経済最優先を旗頭に猪突猛進したわけです。


その興奮の坩堝の中、「ちょっと変じゃね?」と感じた自身の気持ちを氏は著書「現代軍師学心得」に書いています。以下要約です。

 

高度成長路線下、皆が我が世の春を謳歌していて、大阪万博はその繁栄の象徴だった。

一方でそれまでは広告主が技術の優劣を競い合っていた広告は、商品が皆高性能、高品質になったために、差別化ができなくなった。

仕方なく広告は表現自体の差別化に向かうことになる。これがクリエイティブ志向であり、「物ばなれ広告」の背景である。

物ばなれ広告は商品自体についてではなく、表現自体への人々の好感、共感を促した。当時私がとなえた「脱広告」、De-advertisingの考え方の原点である。

 

広告のあり方について、このような自問を続けていた藤岡さんは、当時担当していた富士ゼロックスの小林宣伝部長*1にかねてより温めていた考えを提言します。


それが「モーレツからビューティフル」というキャンペーン・コンセプトの提案でした。その提案の経緯を氏は同じ著書でこのように書いています。要約します。


ある日、その頃私が担当していた富士ゼロックスの宣伝部長の小林さんに、折に触れて話をしていた「モーレツからビューティフル」という考えを富士ゼロックスが提言しては?と提案した。当時はモーレツ・ブームの最中。でもこれは違う、モーレツだけが人の生き方なんておかしい。その犠牲になっている人間らしい生き方があるはずだ。それでモーレツの対極にある考えの言葉探しをした。

ビューティフルというのは、美醜ではなく、モーレツへのアンチテーゼとして、氏が巡り合っコンセプト・ワードだったんですね。


ビューティフルが内包する、より深く人間的な意味をすくいとったわけです。凄いひとです、藤岡さん。富士ゼロックスの「モーレツからビューティフルへ」TVCM、今でも記憶が鮮明です。加藤和彦さんが独特のファッションに身を包み、「Beafutiful」と書かれた紙を抱えて銀座通りを歩いている。。。ただそれだけ。エンドカットに「モーレツからビューティフルへ。ゼロックスからの提案。」


びっくりしました。商品名連呼のCMの洪水の中で、何も商品について語らないCMは「何じゃこれは?」と当時コピーに無縁だった中学生の私を驚かせたんです。サディスティック・ミカ・バンドを結成する一年前。加藤和彦さん格好よかった。
  
とにかく格好良くて、ゼロックスって凄く新しい考え方をする革新的な会社なんだろうなぁ、という印象でした。


特に若い世代(当時私も若かったんです)に強い印象を与えました。


この翌年、富士ゼロックスは大学生の希望就職先ベストテンに入る人気企業になった由。さもありなん。


富士ゼロックスに提案した氏が脱広告、De-advertisingと呼んだ、商品のfunctional benefitに触れない、情緒的な訴求に終始するアプローチ、これってまさにブランディングの一里塚なんです。

ブランディングって、USP*2広告の先にある、USPと同一ベクトル線上にある情緒的価値に昇華したコンセプトです。De-advertisingではなくて、Beyond-advertisingと言ったほうが誤解を招かないと思うんです。

  


脱広告、De-advertisingと言ったために、経済人・企業人からは相当な反発があったと思います。広告はアートじゃない、商品を売るためにやるのであって、コピーライターの自己満足のためにやるんじゃない!という意見は何百回も聞きました。

  


これは氏のいう「クリエイティブ志向」に代表される位置づけが、意図せず生んでしまう誤解だと思います。

  


モノ・サービスが売れ続ける、sustainable growthを担保するためにこそ、Beyond-advertisingが必要なんです。「広告のその先へ」ということですよね。いわば広告の最終形態、超USP広告なんです。

  

藤岡氏はその類稀なる時代の流れや人間性への嗅覚の鋭さで、無自覚的に超USPの多くのRe-brandingを仕掛けた偉人だと、私は確信します。この話、次稿に続けます。

*1:小林陽太郎。1933-2015。日本の実業家。富士ゼロックス元取締役会長、経済同友会元代表幹事

*2:マーケティング用語。Unique Selling Propositionの略。商品のもつ独自の差別化された強みを提示訴求すること。

其の43 ブランドを語った偉人たち in Japan 〜藤岡 和賀夫〜

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富士ゼロックスの「モーレツからビューティフルへ」TVCM(1970)

  ブランドを無形の資産*1として学者やマーケティング専門家が語り、研究し始めたのは1980年代の米国でした。

  著名な学者にはかのマーケティング学の泰斗ディビッド・アーカー教授がいます。

  とかくイメージ論でしか語れていなかったブランドを資産価値のあるものとして、科学的に分析測定をすることを提案したのです。

  このあたりの経緯は日本マーケティング学会前会長で中央大学ビジネススクー 田中 洋 教授の大著ブランド戦略論*2に詳しいので、割愛します。是非教授の力作を読んでください。これ一冊読めばそこそこのブランディング通になれます。ほんとに。


  さて、これらのブランディング論を知っていなくても、実はその本質を別な言い方、思想で語っていた日本の広告人がいたことを何回かにわたってご紹介したいと思います。

  本稿では故 藤岡 和賀夫氏についてお話しします。

  ふじおか わかお、と読みます。

  1970年代にJR*3のDiscover Japanキャンペーンや、いい日旅立ち、そして富士ゼロックスのモーレツからビューティフルへを仕掛けた知る人ぞ知る電通の名プロデューサーです。

  氏が書いた「現代軍師学(プロデューサー)心得」という本があります。1982年初版です。

  まだブランディングという言葉が一般的でなかった時代の著作なので、当然「ブランド」という言葉は使われていませんが、実はその要点をついた発想をいくつも氏は本中に著しています。氏は多くの著書を上梓しましたが、本書は最近になってとても気になった本の一冊なんです。


  本稿はその慧眼を紹介したいと思います。

  この本「現代軍師学心得」第5章クリエイティブ・パワーで、氏はカンヌ国際広告賞で金賞をとったサントリーのTV CM「雨と子犬」の話を書いています。

  今から30年ほど前のCMです。今でもこの映像を見ると、当時のある感情が心に浮かんできます。


youtu.be

minuta06 チャンネルより


  夕刻につかれる鐘の音と共に寺を出てくる子犬。
雨の中、街中に迷い出た子犬は人の足の間をチョコチョコと避けたり、公園の木陰で雨宿りをしたり、そして川沿いを懸命に歩いて行きます。
エンドカットでやっと広告商品が出てきます。

  コピーが”トリスの味は人間味”。
ナレーションが被ります。
「いろんな命が生きているんだなぁ。元気で。とりあえず元気で。みんな元気で。」

  CM本編では、このサントリーのウィスキー「トリス」については一言も触れていません。美味いの一言もない。何も言っていない。

  このCMについての氏の言及を抄録します。

私がこのCMで際立っていると感じるのは、商品からの発想が全くないということなんです。商品との脈絡が全くない。

カンヌでも最後までそこが問題になり金賞授与に反対する審査員も多かったそうです。

ただ子犬が雨にそぼ濡れて走りまわっているだけです。でも可愛いというか、可哀想というか、それこそ筆舌に尽くしがたい詩情が満ち溢れています。

商品からの発想がない、商品との脈絡が何ひとつない。作品としては金賞だがCMとしては落第、そう考える人がいて当然です。

現にカンヌも審査員の多くがそうだった。アメリカならもっとシビアで、CMとして認めないだろう。

  CMとして疑問を持たれるのは当然だとしながら、
氏はこのCMが詩情を感じさせることのクリエイティブ・ワークをアートを評価します。そのアートが私たちに何かを訴え、何かを伝えてくると。

  アンダーラインの部分、実は本質を伝えてくれています。商品特性とかメリットとか、そういうことは全く語っていないのに、見るものに何かを伝えてくるもの、これを氏は「アート」と言ってみたり、「文化」と言ってみたりしています。

  氏の指摘した「人の心に訴えてくる(商品と関係ない)エモーション」・・・これがブランドなんです。と今なら言えます。☺️

  ブランドを「文化」とか「アート」とかで表現すると、広告宣伝は商品の特徴を言ってナンボ、アーチスト気取りのコピーライターやアートディレクターは無用!という実務派の企業側からとっちめられます。当時も今も。

  私は欧米系のクライアントと長く付き合ってきたので、商品サービスのU.S.P.を主軸にコミュニケーション全般を作ること、つまり商品発想のやり方も理解していますし、一方でそれだけに拘泥しないブランディングの創生も手がけてきました。

  簡単にいうと、U.S.P.アプローチの延長戦上に、ある昇華したEmotional Value、Emotional Benefitを発見創作したものがブランドです。

  だから、商品と無縁じゃないかという指摘は違うんです。延長線上にあり、商品やサービスの特徴は断捨離されているだけ。本質だけが残っている。至高です。

  氏が高く評価したサントリー・トリスの「雨と子犬」の場合、昇華価値は「普通に生きてるだけど、頑張ってる自分にお疲れ様の一杯を。」つまり元気で普通が一番、ということだったのではと私は考えます。

  少なくとも私はそれでグッときたんです。

  このCMが放送された1981年当時、私は藤岡さんの勤める電通に入社したばかりの新入社員でした。

  「鬼十則」という社員心得が社員手帳に載っているくらいのダイハード☺️な会社で毎日を過ごしていくには、足がつるほどに背伸びをし、知ったかぶりをし、自分を3割から5割増で誇大しなければならなかったのです。

  そう信じ込んでいました。周りはモーレツに頭のいいやつ、モーレツに体力のあるやつ、モーレツな金持ちの子女、モーレツなイケメン・美女・・・家に帰ってくるとぐったりげんなりです。

  この受賞CMは60秒です。広告賞を意識してCMをつくることはよくあります。60秒枠というのはテレビCM枠としては取りにくいし、まず放送しないので、私がこのCMを観たのは放送ではなくて、カンヌ受賞CMとしての勉強会のときだったかもしれません。

  グッと来たのはよく覚えてます。

  ホントは普通の人間の自分が鎧を脱いで、ほっと、一息つく。そんな時はサントリーのあれがいいなぁ、と思ったのかもしれません。

  入社して以来、格好をつけて I.W.Harperばかり飲んでいた自分でしたが、サントリーのウィスキーを家に置くようになったんです。気張らないでほっとするから。☺️

  でもそれ、トリスじゃなくて、ホワイトでした。サントリーのあれがいいよな、でしたから。

  ホワイトになったのはサミーディビスJRのCMの影響だと思います。これも気取らない、気張らないフツーの感じ。アメリカ人だから鼻歌混じり。😁

  まぁいいじゃないですか。サントリーなんだから。これがブランディングです。


  私にとってサントリーのウィスキーは気取らない、気張らない、という等身大ウィスキーなんです。そう脳内ブランドが出来上がっている。


  ちょっと話が藤岡さんからそれちゃいましたね。次回はまた氏の話に戻します。

*1:brand equity

*2:有斐閣 2017

*3:当時は国鉄

其の42 Lexusというブランド

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INTERSECT BY LEXUSLexus 公式ページ)

前稿のプリウスに続いて、本稿ではレクサスについて書きます。
  

  
  皆さんにとって、レクサスってどんなブランドですか?

    
  
  私にとっては、これ結構特別なブランドなんです。いまだに買ったことはないんですけど。

    
  
  高級車*1と言えば、西独のメルセデス・ベンツBMWAudiの三ブランドが定番ですよね。

  
  
  御三家それぞれが確固たるブランド・イメージを持っている。
メルセデス・ベンツの「成功者の車」、BMWの「Fun to Drive」、Audiの「先をいく」。

  

  自分は昭和世代なので、どうしてもAudiは裕福な家の女子大生が乗り回す赤いAudiを連想してしまうので、いくら「先進性」のtechnology-drivenな車と言われても先入観を払拭できません。😁

  
 これって実は大事なところです。試験に出ます。☺️

  
  ブランドって一度脳内に棲みつくと、簡単には変わらないんですね。とても効率が良いとも言えるし、ネガティブに考えると大変厄介です。悪いイメージが根付くと、いくら良いことをその後言っても脳は聞いてくれないんです。

 
  話を戻します。その御三家のブランド・イメージとレクサスの私のイメージは明らかに違います。

  
  私の脳内に棲みついたレクサスのそれは「You deserve」、貴方にふさわしい、なんです。主は「貴方」、つまり私にあります。

  
  私の考えでは御三家は、いわば主は車にあるような気がします。

  
  レクサスの「You deserve」、これはなかなか受けの広いプロポジションと言えます。

  
  顧客は年収が2、3千万の優秀なビジネスマン、はたまたファッション・デザイナー、建築家、弁護士、医者・・・whoever, 何かを成し遂げた人。

  
  そんな「ひとかどの人物」である貴方(あなたが主です)にふさわしい車、それがレクサスです、というプロポジションを取っているんだと思います。

  
  メルセデス・ベンツBMWも主は車にあるように思えてなりません。メルセデスに乗るにふさわしい貴方なんですか?と・・・上から目線。😁

  
  私はレクサスと聞くとまずこの逸話を思い出します。

北米で成功を収めたトヨタ初の高級車ブランド、レクサスを逆輸入的に日本に導入する際、トヨタは販売店の店員におもてなしの心を叩き込むために、独自のクレド*2を持つ高級ホテルの「リッツ・カールトン」で研修をしてもらった。

  
  それまでも、ディラーでのサービスはA社がいい、B社はダメだ、と巷語られることはありましたが、「おもてなし」のレベルでレクサスが取り組んでいるというのはとても印象的で、記憶に焼きつきました。

  
  他にも、販売店での接客のために店員は小笠原流礼法の研修をした・・等の全ての逸話が比類なきレベルの「おもてなし」に集約していきます。

  
  ブランディングの要点はConsistencyとContinuityと言われますが、まさにレクサスは2005年の日本市場ローンチ時にConsistencyを顧客全包囲で展開していました。

 16年経った今でも同様のハイクォリティの顧客への「おもてなし」は継続中ですから、Continuityも担保されているわけです。


  レクサスは大衆車のトヨタ・ブランドから離れてメルセデス・ベンツBMWのような高級車に匹敵する品質と安全性を追求し、尚且つ日本車ならではのきめ細かい仕上げと経済性を両立したブランドであり、これがアメリカで受け入れられ成功したことはよく知られています。

  
  でもレクサスはマシーンとしての車の性能がどうだとか、内装のクオリティレベルがどうだとか、経済合理性がどうだとか、そうしたピースバイピースの話ではなくて、全体としてこのブランドが放つオーラがあったのだと確信します。

  
  ブランド・オーラというのは、マシーンとしての完成度の高さも含めて全てが「You deserve it、貴方にふさわしいこの一台」という閃光を顧客に放ってくるということです。


  今はメルセデスに乗っているんですが、本音の本音は、できるなら一台目をメルセデスに替えてこのオーラを放つレクサスに、セカンドカーとしてプリウスを持ちたいです。。。チェックの厳しい妻が許してくれませんが。😭


  メルセデス・ベンツの直系代理店のシュテルンはVクラスに乗っていた時に通いましたし、今のBクラスを買ったヤナセには折に触れて顔を出しています。

  
  ところが、近所にあるレクサスの販売店は、シュテルン、ヤナセのはるか上を行くオーラを放っているんです。一流ホテルや高級フレンチレストランのエントランスのような。

  気になります。すごく気になる。


  「ひとかどの人物」認定を自分に与えられるようになったら、ここへいきたいと思います。😁
 まだ認定は上げられませんが。もう少し頑張ろー。

*1:フツーの高級車のことです。ロールスロイスとか超富裕層御用達の高級車ではなくて。

*2:Credo。従業員の心がけるべき信条・行動指針を明文化したもの。

其の41 TOYOTA Purius のブランド考察

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TOYOTA ホームページより

 

  メルセデスベンツの例を引用するばかりじゃなくて、国産車のブランドについて今回は書きたいと思います。

 

  と言っても、私はお恥ずかしながら機械音痴、メカ音痴。小学生の頃には零戦の模型すらまともに組み立てられず投げ出したくらいです。

 

  長じて結婚後に初めて自分で所有した車が日産の真っ赤なブルーバードSSS。義理の叔父が譲ってくれた名車(多分)です。5年ほど乗っていましたが、一度もボンネットを開けたことがなかった。

 

  結婚して35年、この日産ブルーバードを含めて国産車3台、外車4台を乗り継いできましたが、ボンネットを開けたことが一度もないんです。

 

  つまり自分の車のエンジンを見たことが一度もないんです。

 

  というわけで、メカとしての車には超疎い私ですが、書いたように35年で7台、一台平均5年のローテーションで新車を購入してきたんだから立派に車の消費者です。ブランドを語る権利はある!☺️

 

  さて、そんな私の心に楔を打ち込んでいる日本の車が2種あります。私の頭の中に確固たるイメージがあるので、これまさしく『ブランド』です。

 

  それはトヨタプリウスLexusです。

 

  まずプリウス

 

  1997年に初代モデルが発売されて以来、エコカー(こんな言い方は雑駁ですが)の代名詞となったプリウス

  最近は電気自動車が隆盛で、EV、PHVやら水素燃料車やら百花繚乱の様子ですが、それぞれのプロコンはメカ音痴のわたしにはさっぱりです。

 

  なので、雑駁に「エコカー」と言いますね。

 

  エコカープリウスは、実は外車を買う際に常にセカンドオプションとして胸に秘めてました。

 

  燃費がいいとかそういう経済性の問題ではなくて。なぜだか気になっていたんです。ずーっとです。

  自分の車を2台持てたならきっととっくに買っていたでしょう。

 

  妻も車を足として使って仕事をしているので、燃費の線で説得して、自車として買わせようと企みましたが、ダメでした。エコ志向がないんですね。まったく。

 

  さて、プリウスが何故か気になっていたわけですが、ある時に「そういうことか!」と腹落ちしたんです。

 

  盟友のマーケター氏とランチしながら打ち合わせをしていた時でした。

 

  お互い今乗っている車の話になった時に、彼が愛用しているプリウスの話をし始めました。

 

  曰く自分は以前は走り屋で、次から次へと車を変えたものだけど、プリウスに乗るようになってから随分心持ちが変わってね、追い越されてもカッとしたり、鈍い車を煽ったりしなくなった。

  お先にどうぞスピリッツというか。そんなに焦ってどこへ行く的な心の余裕というか。。。

  やっぱりエコロジーマインドで乗っているわけなんで。自然とそうなるよね。エコマインドのある人間が煽ったりしちゃダメでしょ。

 

・・・なるほど。膝を打ちました。

 

  自分が長い事プリウスという車が気になっていた理由がわかりました。

 

  自分はどこかでエコマインドのある人間に憧れがあったんですね。

 

  神田の生まれ育ち、つまり江戸っ子なんで短気なことには自信があります。😁

  反面、車に乗る時くらいはイライラせず、気持ち穏やかに過ごしたいという潜在的な反動意識がどこかにあったんですね。

 

  マズロー*1とマレー*2が共通して指摘している人間の持つ「承認欲求」が自分のこの気持ちの背後にあると思います。

 

  やはり、どこかで「意識高い」系だと思われたいという邪心が私の心のどこかに潜んでいるのでしょう。

 

  つまりPriusのEmotional Valueは、小池百合子都知事風に言うと☺️ Wise Spending、自分はエコもちゃんと意識してるWise Spenderであるという自己満足感であり、本能的な欲求は「それを認めてね」という承認欲求だと思います。

 

  私が今乗っている車はメルセデス・ベンツです。脚が悪いので(運転には問題はないんです。)室内高が高く、安全機能もてんこ盛りなB Classに乗ってるんですが、心のどこかにマレーの欲求リストで言うと「優越欲求」があるんだと思います。だから他のベンツオーナーに「B Class? あー、なんちゃってベンツみたいな。」と言われて凹むんですね。☺️ 

 

  メルセデスに感じるオーナーの優越感、一方でプリウスに惹かれる「エコマインドフルな私」をいいね!と言って欲しい承認欲求。どっちなんだよ!と言われそうですが、人の志向嗜好はもともと不合理なんですから。☺️

 

  ダイアモンド誌が2019年にブランド研究の泰斗、デビッド・アーカー名誉教授(カリフォルニア大学ビジネススクール)にインタビューした際、氏のプリウスの成功に関しての次のような発言を紹介しています。

世界初のハイブリッド車として登場したプリウスは、「地球温暖化問題に取り組む」という高次の目標を顧客、社会と共有しました。そして実際に、環境にやさしく、優れた技術を持った製品でした。

プリウスを運転していると、それを見た近所の人や友人が「あの人はハイブリッド車に乗っている」と気付きます。つまり購買者はプリウスに乗ることで、「地球温暖化に関心を持ち、実際にその防止に貢献している」という姿勢を周囲にアピールすることができる。

 

  ほらね。☺️ アーカーさんも言っています。下線の部分、簡単に言えば「(エコ)意識高い系」に思われたい承認欲求ですよね、つまり。

 

  室内高の高いプリウスが出たら、買うんだけどな。(妻の同意が絶対条件ですが。☺️)

  あ、それかLexus。私の中で Lexusメルセデスとブランドイメージが違うんです。メルセデスに感じる「優越欲求」。Lexusに感じる欲求はそうじゃない。

 

  その話は次回に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:エイブラハム・マズローアメリカの心理学者。欲求5段階説で有名。

*2:ヘンリー・マレー。アメリカの心理学者。39種類に及ぶ人間の欲求リストを作成した

其の40 Copy Strategy って何?

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Copy Strategy って言葉聞いたことあります?

 

  欧米系企業を長く担当してきた広告人だったので、この言葉は嫌ってほど聞きました。

広告提案をする時のいわば一丁目一番地なんです。

 

  広告クリエイティブの制作はこれから始める。

 

  広告を作る際の設計基本マニュアルと言えば分かりやすいかもしれませんね。

 

  日本の広告人、企業の広告担当にCopy Strategyといっても、ピンと来る人はほとんどいないでしょうけど、カンヌ広告祭に行って海外の広告人を取っ捕まえて、Copy Strategyって言葉知ってる?と聞いたら「あなたは私をからかってるのか?」と怒られるでしょう。それほどあちらでは当たり前の広告用語です。

 

  Copyは広告表現と訳すといいと思います。広告表現戦略。

 

  MarkeringStat.com という海外サイトに以下のような説明が書いてあり、簡潔にして要を得ているので以下引用します。

 

What is the copy strategy?

The Copy Strategy determines what to tell the customer about your brand, so to win their preference....(以下日本語訳にしました)

 

コピーストラテジーって何でしょうか?(以下CSに略)

 

CSは顧客にブランドのどんなところを伝えれば、好感してもらえるかを策定したものです。

 

CSは三種類の要素から成り立ちます。

 

 

Benefit(便益) またはPromise(約束) : 例えば、洗剤BrandXは他の競合ブランドのどれより洗濯物をきれいに、白くします。

Support (裏付け) またはReason (主張する理由) :ブランドが」約束する便益をもたらす理由はなにか。具体的なデータに紐づけるケースが多い)

Tone: ブランドがどのような情趣に受け取られて欲しいか。例えば、現代的で先進的。

 

  というわけです。企業によってCopy Strategyは差があり、違う要素が加わることがほとんどですが、この3大要素は鉄板です。つまりここを押さえておけば、外れることはないんです。

 

  「外れることはない」というのは、広告をつくる際に企業側社内の関係者の的外れ、広告代理店側の暴走などを回避することができるという意味です。☺️

 

  こういった「ハズレ」って実際ホントに多いんです。広告をつくったことがある人ならば絶対わかる。広告代理店側だった自分は過去何回も脱線暴走したことがあります。その時の対象商品にはCopy Strategyは無かったんです。無いことをいいことに・・・😁

 

 

  なぜこのCopy Strategyの話を持ち出したのか。以前 Brandingの要点は、Consistency とContinuityであると書きました。

 

  一貫性と継続性。これを担保するためには明確なPis itioning StatementとCopy Strategyが不可欠です。って偉そうにいってますが、30年間にわたり欧米系企業の「外人」幹部たちのブランディング虎の穴😂道場で叩き込まれたんです。

 

  Positioning Statement、なんかまた聞き慣れない言葉が出てきましたよね。これはポジショニング概念を明文化したものです。

 

企業マーケティング部長 

「君ぃ、こんな広告の提案なんかしてきて、大事な我が社の製品のポジショニングが全然わかってないね!」

広告代理店担当

「申し訳ございません。わかってませんでした・・・。ところで、そのポジショニングを念のためもう一度教えていただけますか? お手数ですが。」

マーケティング部長

「そんなもの自分で考えなさいよ!それが仕事でしょ!」

(広告代理店担当が帰ったのち)

部員を急かす部長

「あの製品のポジショニングの書いてある資料、ちょっと用意しておいてよ。」

部員

「そういったものはないんですけど・・・」

部長

「え!ないの?」

部員

「特に必要がなかったんで・・・代理店に言ってすぐ作らしときます!」

 

  なんかいかにもありそうな会話を妄想してみました。☺️

 

  ポジショニング概念を明文化してPositioning Statementsを作る・・・

  これって企業のマーケティング部の仕事です。広告代理店が作るような性質のもんではありません。部長、違いますよ!😀

 

  元日本マーケティング学会会長で中央大学ビジネススクールの田中洋教授は大著「ブランド戦略論」*1でポジショニング概念についてこのように書いています。

 

ポジショニングとはどのようなものか。ポジショニング概念を最初に唱えたRies&Trout(1994)は「マーケティングとは商品の戦いではない。知覚の戦いである」といい、さらに「マーケティングにおける最も強力なコンセプトは、見込み客の心の中にただ1つの言葉を植え付けることである」と述べている。ライズとトラウトはこのような「強力な」言葉の事例として、ボルボ=安全性、メルセデス=技術、ペプシコーラ=若者、などを挙げている。つまりより簡単で、競合と差異性のあるポジショニングをメッセージによって伝えることがポジショニングを成功に導く早道であることになる。

 

 

   Positioning Statementって大きなテーマなので、ここでは深掘りはせず、本稿のCopy Strategyに話を戻します。要はPositioning Statementが先ずあって、それを念頭に広告を制作するためのCopy Strategyを用意するということです。

 

  広告を作る際には「こんな広告をつくってね」というブリーフィングを企業から広告代理店にするわけですが、妄想会話に出てきた😁部長さんじゃないですけど、広告制作方針書と言ってよいCopy Strategyが存在しない、ってことは実はよくあります。

 

  日本企業ではブリーフィング書類はあっても、広告制作の指針に特化したCopy Strategyがあることの方が珍しいかもしれない。いや、そうに違いない。😀

 

  ブランディング重視のConsumer Products メーカーの多国籍企業では逆にほとんどあると言って間違いないでしょう。

 

  先述した3種の神器😁である Benefit (Promise)、Support (Reason)、Toneに加えて、よくあるのはWhat to sayに How to sayという項目。何を伝えるのか、どのように伝えるのかの項目です。

 

  この項目は広告表現に直結している重要なパートなんです。

 

  What to say, これはちゃんと絞り込まれていなきゃダメです。あれもこれもはだめ。

 

  前出の田中洋教授が「ブランド戦略論」の中で書いたように、米国のマーケティング学者ライズとトラウトはペプシコーラがブランドのポジショニングを一言で「若者」に代表させたと見立てましたが、ペプシコーラのCopy StrategyにはWhat to sayの項に「Pepsi cola is the choice of the new generation」と書いてあったと思います。余計なことを四の五の言わない。😁 どうせ人はいくつものメッセージなんか覚えられないんだから。

 

 

  こうした広告の設計指針を示したCopy Strategyがあれば、妄想会話の部長さんと広告代理店のようなすれ違いをミニマムにして効率を高めることが可能になります。

 

  もちろんこのCopy Strategyもクライアント側、つまり企業側が用意する性質*2のものです。

 

  複数の広告代理店を使い分けることが多い日本企業こそ、このCopy Strategyは持つべきです。各代理店からの提案を同じ土台に乗せることができますから。

 

  よく出来たCopy Strategyというのは、A4一枚のシートにまとまっています。二枚までは許しましょう。😁 

 

  実際につくってみると、多くの要素を考慮した挙句、断捨離に断捨離を重ねないとシンプルなものに辿りつかないということがわかります。シンプルで無いとダメなんです。人によって解釈が変わってしまわないように。クリエイティブ・バイブルなんですから。

 

  マーケターの方、試しに私につくらしてみませんか? Copy Strategyのゴーストライター経験豊富なんです。😁

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:有斐閣、2017

*2:過去30年以上の経験では、実は新製品のCopy Strategyを広告代理店側の私が舞台裏で作ったこともあります。それをクライアントに渡して、会議の時に先方が「これがCopy Strategyとなっています」と私に渡すんです。知ってますよ。私が作ったんだから。😁

其の39 swatchのブランディング

 

 

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皆さん、腕時計のswatchはもちろんご存知ですよね。

 

 swatchってある英語の略で出来たブランドネームなんですけど、何だか知ってますか?

 

 swiss watch。単純明快。私も最初そう思いました。

 

 実はsecond watchの略なんです。単純明快なのは同じ。😁

 

 このsecond watchという言葉には、swatchマーケティング戦略が透けて見えます。

 

 swatchは1983年にスイスでニコラス・G・ハイエックが創業した会社です。

 

 スイスは錚々たる高級時計ブランドの生誕の地ですよね。私の好きなブランド*1と創業年は以下の通りです。

 

オメガ・・・1848年

ブレゲ・・・1775年

ロンジン・・・1832年

ジャガー・ルクルト・・・1833年

IWC・・・1868年

ロレックス・・・1905年

 

 実はオメガとブレゲは100年以上も後に創業された新興のswatchM&Aされて今やswatchグループなんですね。

 

 ちなみにブラゲが創業された1775年は、アメリカが英国からの独立宣言をした1776年の一年前です。

 この100年近くの後になる、IWCの創業された1868年って、日本では明治元年なんです!

 

 超老舗の居並ぶスイスの時計業界では比較的新手😁になるロレックスの創業は1905年、それでも日本では明治38年、なんと日本国海軍が日露戦争でロシアのバルチック艦隊を撃破した日本海海戦のあった年です。

 

 日本も負けていません。日本が誇る時計ブランドSEIKO、服部金次郎氏が服部時計店を創業したのは1881年明治14年です。板垣退助自由党を結成した年です。ロレックスより四半世紀も早い。どうだっ!😀

 

 時代はさらに下って1969年、SEIKOが世界に先駆けて実用化した水晶発信装置による腕時計*2、クォーツ時計は世界を驚かせ、それまで比類なき精緻さで時計と言えば機械式スイス時計だった常識を覆したんですね。

 

 1970年代には日本製クォーツ時計は世界市場を席巻して、スイスを筆頭にする欧米式機械腕時計は売り上げ爆下げで大打撃を受けました。

 

 そりゃそうです。

 機械式の誤差は日差−10秒から+20秒が許容範囲と言われているのに、クォーツ発信時計は月差±15秒以内がほとんどの由。

 

 勝負になりません。

 そもそも機械式が日差を基準にしているのに、クォーツ式は月差ですから。

 

 

 さてそんなクォーツにやられっぱなしの1970年代が過ぎ、1980年代になってswatchが登場します。全く異なるコンセプトを引っ提げて。

 

 世界に冠たるスイス時計の中にあって、スイスの歴史家に言わせればきっと「つい最近出てきた」新参者のswatchのそのブランドの在り方は異彩を放っています。

 

機械からファッションへ。

 

 それまで腕時計の優劣というのは其の機械としての精緻さが要点でした。もちろん有名ブランドはデザイン性も高く、お洒落のアイテムと言えるのですが、なんせお高いものなので、一度買えば長持ちするように大事に使い、何本も持つようなものではありません。

 

 裕福な人には何本も高級時計を所有するコレクターがいますが、一般的にはやはり一本の腕時計を長く愛着を持って使い続けるのが普通でしょう。

 

 swatchは全く違う方向を志向しました。

曰くswatchはファッション・アイテム。

 

 欧米のブランドはこうと決めたら徹底します。ブランドはConsistensy & Continuityという信条を頑固に遵奉します。

 

 swatchは登場するとアパレル・ファッションであるが如く、春夏と秋冬新作コレクションを年2回新発売。まさにアパレルコレクションです。

 

 ファンを喜ばせる限定モデルも多数出していて、クリスマスモデルやジェームスボンドの007コラボモデルもあるんです。

 

 ポジショニングは名前に隠された言葉の通りSecond Watch。ナンバー1の時計はIWC、Rolex、ないしはGrand Seikoかもしれないけど、それはビジネスパーソンにとってのスーツ、それとは別にリラックスしてお洒落をするような気分で時計も着替えましょう、というファッション志向が現代の顧客をガッチリと掴んだわけです。

 

swatchのホームページ(swatch Japan)を覗いてみました。

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な、なんてお洒落なんだ!

 いきなりValentine's Day コレクションとChinese New Yearで画面は真っ赤。

新作コレクションからスペシャルモデル、定番モデル・・・とキリがないです。

 ホームページを回遊してると1時間くらい平気で過ぎちゃいますね。

 

 

 

 冒頭の写真は東京オリンピック記念デザインswatchで1964年バージョンと 2020年バージョンです。1964年にswatchは影も形もありませんから、もちろんこれはずっと後になって、オリンピック開催都市をデザインモチーフのシリーズが発売されたときのものです。

 

 1964年東京オリンピックモデルは、2000年前後だったと思いますが、仕事でスイスのローザンヌを訪れたときにIOC*3近くにあったswatchショップで買い求めたものです。

 

 直近で購入した2020年東京オリンピック記念モデルは、残念ながらオリンピックがコロナ禍で2021年に延期になりましたが、2021年に開催したとしても東京オリンピック2020と呼称するようなので、まだこのモデルはイキですね。なくなると、それこそ「幻の記念モデル」となるわけです。希少価値が出る?☺️

 

 なんやかんや言って、私はswatchを過去10本近く買ったと思います。1万円前後の絶妙に買いやすいお値段設定なので、つい手が出てしまうんですね。ムーブメントはクォーツですから、正確性に問題はありませんし。

 

 このアパレル・ファッションブランドのようなコレクションの多さと、買いやすい値段、というSecond Watchとしてのmaxな魅力は、カシオのG-Shockがまさに今ポジショニングしているところではないかなと思います。

 

 女性をターゲットにつくられたG-Shock Miniとやはり女性向けに企画された超薄型のswatchのSkinシリーズをセカンドウォッチとして私持ってました。

 

 ゴルフを頻繁にやっていたときに重宝してたんです、どちらとも。swatch skinはしているのを忘れてしまうほど軽く薄いし、G-Shockはスイングしてすっぽ抜けて飛んで行ってたとしても壊れないし。そんなわけないか。😁

 

 真面目な話、カジュアルでお洒落だし、普段使い、まさにセカンドウォッチとして愛用していたんです。

 

 ところで「買いたい気持ち」を引き出すドーパミンを分泌させる、swatchというブランドが刺激する人の本能ってなんなんでしょうか?

 

 前項で紹介したアメリカの心理学者ヘンリー・マレーのとなえた本能的な人間欲求説のうち、物質的欲求に「保存欲求」、別な言葉で収集欲求というものがあります。

 

 swatchG-Shockはこの収集欲求という本能を刺激するのだと確信します。ファッショナブルといっても、アパレルブランドとはここが決定的に違うところでしょう。

 

 シャネル、プラダなどのハイファッション・ブランドはマレーの言うところの「顕示欲求」=

他人の注意を引きたい、と「優越欲求』=他人より優れていたい、社会的地位を高めたい、を刺激しているはずです。

 

  収集欲求・・・強い本能っぽいですね。切手の収集家、記念コインの収集家、昆虫標本収集家・・・なんでそんなにお金を使えるんだ!と言うほど病膏肓に入ったピーポーがたくさんいますよね、きっと。😂

 

 時計は刻をきざむ正確性が求められた時代から、刻の流れを味わう時代に変わってきたと感じます。クォーツ式のあのカチッ、カチッと動く秒針とは違い、職人技でつくられたゼンマイのチカラで連続的にスムーズに動いていく秒針は、人生は連続していくものと告げてくれているようで気分が良くなります。

 

 一本50万円以上はする機械式のGrand Seikoの販売が好調ですが、スイス式の歴史ある高級機械式やGrand Seikoは、同じ時計でもswatchとは違って、マレーもマズローも共通してとなえている「承認欲求」という本能を刺激しているのかもしれません。

 「Grand Seiko」が似合う大人になったんだね、と人に思われたい、自分を褒めてあげたい・・・そんな承認欲求な気持ちが沸き起こる。「ドーパミンな瞬間」です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:所有しているということではありません。あくまでも好きなという意味です。みて分かるように富裕層が買うような超高級時計は含まれていません。逆立ちすればなんとか・・・という範囲です。超高級富裕層御用達ブランドは土地勘がありません。😁

*2:SEIKOアストロン

*3:International Olympic Committee