必ずブランディング通になれる3分で読めるエッセイ〜ブランドのチカラ

ブランディング・コンサルタントの経験譚。Barで若きマーケーターとスコッチ飲んで話す気分で。ブランディング & マーケティング・コミュニケーションのあれやこれやを分かりやすく、自分の言葉で。

其の12 ブランドはユーザーの神体験で神ブランドになる ①

今日は私の個人的な神ブランドの話です。アメリカン・エキスプレス・カードです。(以降アメックスで)

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アメックス ホームページより

  ブランディングの有効な手段としてよく紹介されるのがExperience Marketing やUX(User Experience) Marketingです。文字通りこれは消費者と製品サービスのインタラクティブ接触体験を通じて絆を結ぼうというマーケティング手法です。

  Experience Marketing はイベントやポップアップストアなどのリアルな場所での接触体験を指すことが多く、UXはdigital系の接触やWeb サイトの訪問回遊を指します。CX=Customer Experienceなんて考えもありますね。これは顧客の購入検討の過程から、購入、購入後のアフターサービスに至るまでの道筋で商品・サービスへの高評価、好感をゲットしようという顧客体験の設計です。Experience Markeingを長くしたものですね。

  これらの経験マーケティングの考えは2000年代になってから隆盛になってきたようです。商品・サービスの合理的側面、つまり機能・性能・価格などの機能的便益(Functional Benefit)だけ言ってたんじゃダメだろうという反省から、潜在顧客、既存顧客の好感をゲットするための接点だ大事だ!となってきたわけです。インターネットの整備が乗数的に進んだことがこうした動きを加速しました。

  もうひとつの大きな背景としては、広告主の広告効果への疑問があります。モノを作って大々的にマス広告を打てば売れた時代は終わり、バブル崩壊後それまで以上に広告は迷走し*1、マーケターたちは効果に疑問を呈し始めました。そして上述のインタラクティブな消費者とのリアル・バーチャル両面の接点重視が大きく進んだのです。

  ちなみに前回ご紹介しましたが、ハーレーダビッドソン(以下ハーレー)のブランディングで重要な役割を果たしている購買者のコミュニティをディーラー地区ごとに形成するHOG = Harley Owners Groupは、まさに上述のExperience Marketingを体現しています。

  HOGはただのバイクのファンクラブではありません。年に何回も人数のまとまったツーリングを地区ディーラーが企画運営していて、まさに独自のハーレー乗車経験を皆と共有するExperience Marketingです。

  HOGの地区ごとのコミュニティを彼らは愛着を持ってチャプターと呼んでいます。東名高速や中央高速を十台、二十台とかたまって悠々とハーレーを走らせているライダー集団がいたら、それはHOGの新宿チャプターか横浜チャプターの仲間かもしれません。マーケター視点で見れば、お、Exprience Marketing実施中か、となるんでしょうね。😁

 ところで話はアメックスでしたね。戻ります。

 アメックスの日本史上初のクレジットカード発行は1980年で、なんとゴールドカードだったんです。アメックスにはグリーンカードと彼らが呼ぶ基本カードがありますが、それを通り越してゴールドカードから。カードのプレミアム・ポジショニングを狙っての商品戦略だったのだと思います。日本市場には既にプレミアムカードのダイナースが入っていましたから。

  足がつるほど背伸びをしていた新入社員サラリーマン君だった私は(歳がバレるね😁)自慢したい一心でアメックス・ゴールドカードの申し込みをして敢えなく与信審査で落とされたんです。それなりに名の通った会社だったんですけど、まだ新入社員だったので「信用不足」と判断されたのでした。受験で落ちたこともなく、サラリーマンになってかはの初めての落第はホントにショックで、文字通りリーマンショックですね。

  私が断られて何と思ったか。その時の気持ちは不思議と鮮明に覚えているんです。アタマに来て、半沢直樹みたいに「このことは忘れないぞ。倍返しだっ!」となった? なりませんよ。カードで倍返ししたら自己破産ですよ。😁

 実は逆で「やるなアメックス。さすがだ。いつかリベンジするぞ!」と思ったんです。トヨタのクラウンの有名なタグラインは「いつかはクラウン」でしたが、そのノリで言うと「いつかはアメックス」と心に刻んだんですね。グリーンカードくらいで何をムキになってんの?と若い人は思うでしょう。昔の話ですから。今のアメックスで言えばプラチナ・カードかな。

  カードが今のように乱発されていない時代です。しかもトランプ大統領じゃないけど「グレート・アメリカ」の象徴のようなカードでした、アメックスは。ダイナースは既に日本にありましたが、やはりアメリカを名乗ってるだけに無敵感がありました。

  バブル期の申し子のような自分は見栄っ張りで、車は女子にモテたいのが購買動機、当然カードも同じ目線で見てました。😁

  そんな自分だからアメックスのプレミアム路線に心射抜かれたわけです。プレミアム訴求は「貴方だけ」の限定サービス訴求ですから、チヤホヤされたい一心の私は再チャレンジを誓ったのでした。

  3年後の1983年に満を持してアメックスは基本カードのグリーンカードを日本で出します。順番逆でしょ。☺️ 当初そのプレミアム・カード戦略ではじかれた私も4年目社員になっていましたので、もう大丈夫だろうと(内心不安でしたが)1982年に竣工したばかりの浜松町の芝バークビル、通称軍艦ビルにあったアメックスのオフィスに申し込みに乗り込んだのです。

  結果は・・・合格です。合格とは言わないか。与信審査が通り、私名義のグリーンカードは無事発行されました。これが嬉しくて、嬉しくて。しばらくはアメックス祭りで、これみよがしに使いまくりました。

  伝説の全フロアがディスコの、六本木スクエアビルなど、アメックスを財布に入れて「これで」と言って駆け抜けていました。バブルですから。

  もちろん後でちゃんと請求&引き落としが来るわけで、毎月引き落とし日の10日の前は青くなってました。当時彼女だった私の妻は「何を格好つけてるんだ、こいつ」としらけた目で私を見ていたよと結婚後教えてくれました。ごちそうさま、ってニッコリ笑ってたじゃないかっ!

  話は大迂回しましたが、「アメックスの与信審査に通らなかったこと」がかえってプレミアム感を私の脳に焼き付けた、つまりExperience Marketingの第一歩だったわけです。これある意味限定マーケティングですね。

  タイトルには神体験だ神ブランドだと書きましたが、今回はそこまでたどり着きませんでした。すみません。

  上述が私のブランド神体験だなんて言うつもりはありません。この後にアメックスが私の神棚ポジションに収納されることになる出来事があったんです。それは次回に。



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個人所有本。ボロボロです。

  

  

*1:このあたりは日本デザインセンターの創立メンバーのひとり、梶 祐輔氏の名著「広告の迷走」に詳しく書かれています。宣伝会議2001年初版