必ずブランディング通になれる3分で読めるエッセイ〜ブランドのチカラ

ブランディング・コンサルタントの経験譚。Barで若きマーケーターとスコッチ飲んで話す気分で。ブランディング & マーケティング・コミュニケーションのあれやこれやを分かりやすく、自分の言葉で。

其の37 ブランディングは脳科学 ⑦

f:id:brandseven8:20210121194151j:plain 前稿に引き続き、本稿ではエリック・デュ・プリシス*1の著書 The Branded Mind*2について筆を進めたいと思います。


  とりわけ私が本書で最も刮目した氏のとなえる「ドーパミンな瞬間」についてです。

  脳科学者ダマシオがとなえた人の無意識の行動を誘発する、脳に埋め込まれた経験則的な感情刻印のソマティック・マーカー仮説を、ブランディングの領域に持ち込んだプリシス氏が作り出した考えが「ブランド・ソーマ」でした。

  マーケターは必然的に機能的便益(functional benefit)に立脚した差別化、つまりU.S.P.*3アプローチを採用する傾向が強いはずです。

  なぜか。市場分析、競合分析、SWOT分析を経て、演繹的に導き出されるマーケティング戦略は, ロジカルに有効に思われるU.S.P. アプローチがフィットするからです。

  論理的に説明がつくので、企業組織的にも、マーケティング部社員は上司、役員の合意を取りやすいわけです。

  機能的便益を超えて、感情的便益、すなわちEmotional Benefitを訴求するブランディングこそ是であり長期的に有効という主張はマーケターも先刻承知のはずです。

  でも、感情的便益の訴求というブランディング戦略を上司に通すのは至難の技です。

  「それで売れるのか。」という質問に答えるのが難しいからです。というか、無理です。

  ブランディングの力を了解し、理解を示す上層部でなければ、Go Aheadを出さないでしょう。

  マーケターも、いわば企業組織人、昔の言い方で言えば「サラリーマン」です。上層部と論争してまでブランディング戦略を通そうというサムライはそうそういないでしょう。

  厄介なことは、短期的な売り上げ達成のためにはU.S.P.アプローチがそこそこ有効だったりするからです。

  でもこれはあくまで短期的施策であって、何年経っても顧客の記憶に残るようなブランディングは出来ない、つまり広告宣伝費、プロモーション費をかけ続けなければならないのです。

  ブランディングは製品・サービスが長期間にわたって売れ続けるモメンタムを作るためのものです。「ブランディング」とよく言われる所以です。

  現実は今四半期、半期のことが株価維持のためにも大事なんだという考えが主流でしょうから、ブランディングというのは上場企業には厳しい道なのかもしれませんね。むしろ非上場の中小企業向きなのかもしれません。

  プレシス氏は商品・サービスを想起するときに、好意的(または否定的な)感情が過去に蓄積された複層的な経験記憶から湧き上がるイメージをブランドと考え、そのきっかけとなる脳無意識したに刻まれた印をブランド・ソーマと呼びました。

  ブランド・ソーマが起動してポジティブな経験記憶に結びついた好意的なイメージが大脳辺縁系から蘇るときに、ドーパミンが放出される、とプレシス氏は書いています。

  ご存知の通り、ドーパミンは中枢神経系にある神経伝達物質で、快楽・多幸感、意欲、学習などに関わる感情として知られています。

ブランドについて思ったときに、「それは何か」という認識だけではなく、「それによってどんな気分になるか」というポジティブな感情が惹起し、ドーパミンが活性化される。
さらに、ただ消費することを考えただけで、ドーパミンが放出される

  プレシスの言う「ドーパミンな瞬間」がこれです。膝を打ちたくなる知見ですね。

  「ただ消費する(購買をする)ことを考える」だけでドーパミンが分泌され、多幸感に包まれる。

  
  納得できます。私の妻の好きなショッピング系チャンネルをすぐ思い浮かべました。

  「今日だけのご提供」「もう一つプレゼントがついて」「お値段が本来〇〇のところ」「残りあとわずか・・・」など、マーケティング心理学の本に載っているテクニックに溢れています。ショッピング系チャンネルは経験則的にリアルにこうしたテクニック群の有効性を知り尽くしているのでしょう。

  「何言ってんだ、あれこそFunctional Benefit、機能便益のオンパレードじゃないか、ブランディングもヘッタクレもないだろう」・・・。ですよね。そう言いたくなるのはよく分かります。

  ショッピング系チャンネルの構成をよーく観ているとわかることがあります。結構紹介の分数が長いですよね。何かで読んだ記憶があるんですけど、ショッピング番組の尺は30分はないと売り上げが伸びないそうです。それでハッと気がついたことがあります。

  機能性を長々と説明するだけで番組が長くなっているんじゃないんです。試してみる役の人がいて、使い心地や、気分が良くなること、つまり「それを使ったらどんな気分になるか」をガッツリ伝えているんです。

  ドーパミン分泌を促しています。「ドーパミンな瞬間」です。ブランディングの一側面を捉えています。

  それぞれの商品・サービスではなくて、ショッピング系チャンネル自体の無意識下のブランディングですね。この番組を観る→ドーパミン出る→また観る→ドーパミン出る。鉄板の条件反射です。

  妻はショッピング系チャンネルをケーブルTVで深夜よく観ているんですが、たまにしか買いません。それなのによく飽きずに毎晩観るよねと思っていたんですが、そういうことなんですね。

  彼女の脳内ではドーパミンが出まくってるんです。購買する行為を思い浮かべただけで、ドーパミンが出るんですから。毎晩幸せだったんです。邪魔しちゃいけない。☺️

  考えてみると、この「ドーパミンな瞬間」をどう顧客に仕掛けていくか、がマーケターの最大のアサインメントですよね。CX*4全てのコンタクトポイントでこれを仕込む。

  快楽・多幸感を刺激するドーパミン活性化を誘発するような「人の本能を刺激する」ブランド・ソーマが何かを考える・・・マーケターの仕事はこれが至上課題なんですね。

  「ブランディング脳科学」のタイトルのシリーズも今回で7回目となりました。この話題は尽きることがないんですが、次回でひとまず区切りをつけようかと思います。

  次回はまさに「ひとの本能を刺激する」ブランド・ソーマについて考える・・・です。

 どんなソーマがドーパミン分泌を引き出すか? 詰まるところ、マーケターの知りたいのはここなんですから。いいから「早く言えよ!」と。はい、次回に。😀

*1:多国籍マーケティング調査会社Milward Brown 南アフリカ代表、著作家

*2:邦題:ブランドと脳のパズル 中央経済社 2016年

*3:Unique Selling Proposition = マーケティング用語。商品・サービスが持っている独自の強みのこと

*4:Customer Experience。ユーザー体験、顧客体験のこと。製品やサービスについて消費者が様々な接点で得る体験の総称。

其の36 ブランディングは脳科学 ⑥

 

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前稿では、直感(intuition、本能)は脳内に入ってくる刺激に相対して無意識下に複層的にストックされた感情が、同じ刺激に相応して発露するもので、私たちの意思決定に暗に、常時影響を与えているもの、という脳科学者ダマシオの説を紹介しました。

 

直感を誘発するきっかけとなるものをダマシオは「ソマティック・マーカー」と名付けました。ソマティックはギリシャ語で「肉体の」という意味だそうです。Mentalの反義語の由。

 

過去何回か触れてきましたが、本稿では、このソマティック・マーカーをマーケティングの領域に転化して当てはめて考察をした、Milward Brown *1南アフリカの代表で文章家でもあるエリック・デュ・プレシス(Erik du Plesis) のとなえた説を深掘りしたいと思います。

 

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プレシス氏は著書 The Branded Mind *2の一章を費やしてブランド・ソーマという考え方について考察しています。マーケターにとってはとても示唆に富む点が多いので、少し長くなりますが、以下概要を解説を付けて引用します。

ダマシオは私たちの意思決定の主要なインプットとなるソマティック・マーカー仮説をとなえた。

ブランドの決定とは、意思決定である。

ブランドの意思決定に帰するソマティック・マーカー、つまりブランド・ソーマをマーケターは管理する必要がある。

私たちが何かを見たり、聞いたり、考えたりするとき、その物自体が「頭に浮かぶ」だけでなく、「それについてどう思っているか、使ったらどう感じるか」という反応も起っている。

ブランド・ソーマは頭に浮かぶ解釈の「感情」部分だ。

私見ですが、最近の例で解釈を付け加えてみたいと思います。

皆さんもよくご存知のライザップのTVCMです。あの特徴的なジングル音楽とそれに合わせたビフォア&アフターのコマーシャルです。

 

以前の項で触れましたが、あのコミュニケーションの優れた点は「結果にコミット」して、バキバキに腹筋の割れたマッチョなメン&ウーマンにしますからという機能的便益=functional benefitではなく、別な隠れたメッセージ、西欧企業のマーケターが好んで言うところのhidden messageにあると思います。

 

それは「以前のシャープだった若き自分に回帰する」というプロミスです。苦労して人生の酸いも甘いも経験し、ある程度の金を持ち、そここそ成功している自分に欠けてしまったもの、それがシャープだった若き日の自分の姿のはずです。

 

あのビフォー&アフターを表す、一度聞いたら忘れられないジングル音楽とそれと対をなす

だらしなく緩み切ったからだとシャープに戻った姿。このセットが「ブランド・ソーマ」となって、私の無意識下に埋まっています。あのジングルを聞くと「Tシャツのお腹のあたりがだぶついていて、29インチのジーンズを余裕で履けていた頃の自分」を懐かしく、好感を伴って思い出します。アタマに浮かぶ解釈の「感情」部分です。脚に障害を持ってしまったので、トレーニングは出来ないんですが、もしそうでなかったら、安くはないですがやっていたと思います。ライザップ。

 

外部から特定の刺激を受けて、脳内でブランド・ソーマの感情が起動するとドーパミン・システムが活性化される。興奮物質、幸福ホルモンであるドーパミン

買い物行動、消費行動に伴い分泌されることが知られている。マーケターにとってこれはとても大事なポイント。

特定の機能があるからといって、そのブランドが自然に売れるということはない。ブランドを使ったときの「感じ方」について期待感を創り出さないとならない。なぜなら、ブランド購入の意思決定が行われるときには、ソーマが頭に浮かんでくることが特に重要になるからだ。マーケターが目指すべきなのは、そのブランドが購入される時にできる限りポジティブに受けとめられるようにブランド・ソーマを管理すること。そして消費者の期待を上回るような驚きをブランドに含めることだ。

 

なるほどです・・・って、「言うは易し」ですよ、プレシスさん。😀

だって、ソマティック・マーカーは意識的ではなく、無意識下に複層的に形成されるって

ダマシオさんも言ってたじゃないですか。それをポジティブなブランド・ソーマの仕込みをして管理せよとは、そんな無理難題を平気な顔してよく言いますね、(平気な顔で言ったかどうかは知りませんけど😁)

 

明白なのは・・・マーケター、マーケティング担当の方々はすごく大変ってことです。😁

 

ま、愚痴めいた話は別として。これを聞いていて(読んでいて)思った例があったんで、書きますね。

 

思ったのは、ダイソンです。

「特定の機能があったからといって、そのブランドが自然に売れることはない。」とプレシスは書きました。うーん、確かにそうですが。ノーブランド品でも、機能があってそこそこ安ければ売れるかもしれないです。ただし、「売れ続ける」ことは難しいでしょう。ブランドのチカラ、とは端的に言うと「値引きせずに」「広告をしなくとも」売れ続けるチカラだからです。

 

ちなみにダイソンは掃除機の競合世界に「デザイン性」というアスペクトを持ち込みました。

同時に類稀なる「吸引力」という機能を訴求して。この二つをアイコン化しました。

デザインの優越性は説明する類のものではないのですが、ダイソンのブルー、レッド、シルバーという他とは全く違うカラーリングは強烈に印象に残り見事です。

 

そして吸引力。掃除機の本来求められる基本機能です。ダイソンはこの自社で発明した機能をサイクロン式(サイクロン=熱帯性低気圧)といういかにもなネーミングと、吸い込む部分(なんというんですかね)をシースルーにしてしまうという大胆な商品デザインでアイコン化しました。

もはやこの掃除機はデザイン性の高いマシーンです。

 

この二つのファクターがダイソンの掃除機のブランド・ソーマになっていると、私は見立てます。そしてこのブランド・ソーマが喚起する「感情」は何か?

 

ダイソンの人がどう考えているかは知る由もありません。これはあくまでも私の個人的意見です。

喚起される「感情」は「スーッとする」感じだと思います。

床にある細かい粉をどんどん吸い取っていくシーンは、どこの企業もやっているU.S.P.のアプローチですよね。まぁあんな風に家にゴミは落ちていませんけど。☺️

 

ダイソンの掃除機がサイクロン方式でガンガンとゴミを吸い取っていく、この画像を見るとすーっとしませんか? 昼間会社で嫌なことがあった女性が家に帰って、ダイソンの掃除機でガーっと・・・上司から営業成績の悪さをチクチクと責められた男性が、週末にリビングでダイソンでガーっと。スーッとする。☺️ これは私の妄想ですかね。でもブランドは「幻想」であると、ダリル・ウェーバーは言っていたじゃないですか。😁

 

いずれにせよ、スッとしますよね、きっと。人って、焚き火が好きです。理由もなく。バーベキューするわけでもなく、キャンプでただただ焚火をする。あれ、スッとするからだと思うんです。スッとすることが好きって人間の本能なんじゃないでしょうか。

 

ちょっと冗談のようになってしまいましたが、ダイソンの掃除機がスッとするという感情を喚起するんじゃないかと書いたのは訳があります。

次回はその説明にあたり、プレシスが展開した「ドーパミンな瞬間」について書きたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:多国籍マーケティング調査会社

*2:邦題ブランドと脳のパズル。☺️

其の (35) ブランディングは脳科学 ⑤

f:id:brandseven8:20210107164141j:plain其の (34) に続けて、顧客の脳の無意識領域に爪痕を残すために、「ブランディング・ファンタジー」に加えてダリル・ウェーバーが示した2つ目の打ち手について、本稿では論を進めていきたいと思います。

心と体を別のものとしたデカルトのとなえた「二元論」は間違いであると言ったのは脳科学者のダマシオです*1

心〜感情は英語でemotion、体〜動機はmotivation、双方ともmotion=動き、動かすを語源として持ちます。

心が動けば、体が動く。
逆に言えば体が動けば、心も動く。

楽しいから笑うのではない、笑うから楽しくなるのだ、と言ったのはアメリカの心理学の祖、ウィリアム・ジェームス(1842年)ですが、正確には楽しいから笑うんだし、笑うと余計楽しくなる、というのが実際なのではないでしょうか。

心と体は二元論のように別なものではなく、表裏一体である、ということを今の時代にあって否定する人はいないでしょぅ。

現代人に多い鬱病では、気分が落ち込む、やる気が出ないなどメンタルな面だけではなく、倦怠感、動悸息切れ、頭痛などの肉体的症状が出ることが症例として多くあることはよく知られています。

人の脳と体は一体に結びついているという考えを発展させて、脳神経科学者のアントニオ・ダマシオは、人のよく言う「直感」に思考のメスを入れました。

直感(intuition、本能)は、脳内に入ってくる数多のデータを無意識下にストックし、外部からの刺激に応じてストック内にある相対する感情を発露し、この影響でより良い結果に人をそれとなく誘導するものである、と彼は見立てました。

優れた科学者のダマシオは、直感は脳内の過去の膨大なストックデーターから導き出される反応で、決して超自然的なもの、根拠のないものではないとし、私たちの意思決定に暗に、常に、影響を与えているこの「直感」を表す「ソマティック・マーカー」と言う革新的な言葉を作り出しました。

ソマティック、somaticとは英語で肉体の、という意味です。マーカーは文字通り印です。


日常的に経験したことに対して暗黙的に学習すると、私たちはそれにマーカー(無意識に記憶した印)をつけ、その時に感じた否定的な、または肯定的な感情とそれにより誘引される反応行動を紐づけます。

小さい頃に犬に噛まれた経験のある人は、犬が近くにいると、手のひらが汗ばみ、心拍数が上がり心が警戒警報を鳴らして、結果犬から遠ざかることになります。彼らの場合、犬のマーカーが否定的な感情と結果的な逃亡を引き起こすわけです。

逆に小さい頃から家の愛犬に舐められ、共に遊んで過ごした経験のある人は、犬を見ると気持ちがウキウキして、近づき撫で回すことになるでしょう。犬というマーカーが彼らには、好意的感情と結果的に接近を引き起こしたわけです。

同じ犬なのに、二人の「犬のマーカー」はかたや危険アラート、かたや友好サインの「直感」として脳無意識下に紐づけられてい、全く異なる行動を惹起するわけです。

このように私たちの感情は全ての決断行動に関わっていて、ブランドも例外ではありません。私たちがあらゆるブランド経験に肯定的、または否定的な色をつけると、無意識はその経験を裏付けとして保存し、そのブランドに対するソマティック・マーカーや直感を作り上げるんです。

ブランド経験って、広告とかの表層的な話だけではありません。広告の占める割合はむしろ低いのだと思います。その製品サービスに関わるありとあらゆるコンタクトポイントでの経験の集積がブランド体験です。

ちょっと自分の話をしますね。何年か前に車を買い替えようかと思い、妻と二人連れ立って某外車のディーラー店に行ったんですね。近所のコンビニにちょっと買い物に行った帰りに思い立ったんで、二人ともダメージジーンズにTシャツの、ドレスダウンの服装です。よく言えば。😀

二人についたディーラー社員さんが、席で「一応」二人のお目当てだった車種の見積もりを作ってくれたんですが、じゃ帰りますという我らを未練なく送り出してくれました。お決まりの念押しも次回のアポどりもなく。あっさりと。

帰りの車中、妻がいきなり「コーヒーの一杯も出さなかったよね、ここ。このブランドはないね。」と一言。暑い夏の日だったので、アイスコーヒーは飲みたかったんですね。正直。

既に会社を早期退職して、フリーランスの身だったので、お客様カードを書いた時に値踏みされたのでしょう。夫婦揃ってダメージジーンズだし。☺️

でも目がきく営業さんなら、夫婦が乗ってきた車はそのディーラーのブランドよりワンランク上のクルマなのはすぐ悟ったでしょう。そもそもローンじゃなくキャッシュで買うつもり満々の勢いだったのに、その気配が分からないとは…。

てなわけで、その後その外車ブランドは夫婦の検討ブランドから外れました。完全に。

客への応対はそのディーラー店の問題で、クルマとは本質的に関係ないのにね。ブランドのCX*2がどれほど大事か、って話です。

特に最終決定がディーラーの販売店であるクルマやバイクですから、ディーラーの対応がどれほど大事なことか。メーカーからしたら怖い話です。

ほんの一人の接客担当営業が客をみくびり、コーヒーを出さなかったばかりに。何百万もするクルマの成約が一瞬で無くなった。典型的な機会損失、ってやつです。

とにかく、この外車についてはこのディーラー店での嫌な経験、つまり否定的な感情を伴った記憶が、ブランドを評価しないことに繋がってしまっているんです。

たかがコーヒー1杯のことです。正確には夫婦だから2杯ですね。
でも其の向こう側に、冷ややかな気持ちを透視したんですね、その潜在顧客は。あ、我々夫婦のことですけど。
コーヒー一杯を軽んずるなかれ。特に暑い夏の日のアイスコーヒー!😁

笑われそうですが、冗談ではなく、今でもこの外車ブランドとアイスコーヒーが重なると、いやーな感じになるんです。これ、複合的ソマティック・マーカーですよね、きっと。

まったく合理的じゃありません。
でも、心理学者・行動経済学者で著名なデューク大学のダン・アリエリー教授*3じゃないけど人間の選択、行動は不合理、irrationalなんです。私だけじゃない。☺️


この話、次回も続けたいと思います。

*1:デカルトの誤り、情動、理性、人間の脳」

*2:Customer Experience. ユーザー体験、顧客体験のこと。製品やサービスについて消費者が様々な接点で得る体験の総称です。

*3:アメリカの心理学、行動経済学者。著作に「予想通りに不合理(Predictably Irrational)」、「不合理だからうまくいく」(The Upside of Irrationality」など

其の34 ブランディングは脳科学 ④

マーケティング担当者にとっての王様は顧客の注目であるのは間違いないが、彼らが手をつくしてメッセージを作り意識的な注意を捉えようとすると、二つの問題が起きる、とダニエル・ウェーバー氏は著書「誘うブランド 」で書いています。

ひとつは、注意が肝心な訴求点ではなく関係のないものに向かってしまうこと、例えばCM中、出演タレントに注意が引き付けられてしまい、タレント以外は何のCMだったか思い出せないケース。これ実によくありますよね。というかそんなCMの方が多くないですか?経験的に。

二つ目は消費者が広告の主張訴求に注意を払うと、逆に粗探しや批判を始めることが往々にして起きること。フォーカス・グループ・インタビューではよくあることですね。本音ではなく、建前を話し出す。

これは逆に考えると、注意があまり向かなければ反論もせず、結果企業のメッセージを受け入れる可能性が高くなると言えるとウェーバー氏。そんな屁理屈を言うな、と言わないでください。これ経験則的に慧眼だと思います、

つまり、消費者がゆったりと構え、注意を集中していない時の方が、メッセージはすんなりと脳に入り込むということです。欧米のマーケターがよく言うsneak in (スニークイン)というやつです。

オーケー、では無意識下に訴える、スニークインするための方法論って何があるの? と言いたくなりますよね。

マーケティングブランディングの担当者が知りたいのは理屈じゃなくて、具体的方法論です。

ブランディングに関わる脳の働き方、無意識に記憶するプロセスについては深みにハマる隘路なので、いずれまた考えたいと思いますが、まずは顧客脳の意識下に爪痕を残すための方法論です。それがまず知りたい。

ウェーバー氏が「誘うブランド」で提示した二つのアプローチは、アリだと直感しました。

ひとつは彼がブランドについて語るときに使う「ブランド・ファンタジー」という考え方です。

ブランドというのは、人が脳で「ありたき自分の姿」を見ている「幻想」(ファンタジー)であり、それは意味的なメッセージ(広告コピー等)から作られるのではなく、商品・サービスとの全てのコンタクトポイントで接触経験する音、聴覚、視覚などから惹起される多層的な連想の総和である。これはメタコミュニケーションを言われるもの。

なるほどです。

マーケターは、どのような連想をつくり出すかを設計して、これを打ち込むべきで、これがブランディングである。この構築を氏は「ブランド・ファンタジー・モデル」を作る、と言っています。

ブランドは語るものではなく、感じるもの。
なんかスターウォーズの名言、Feel The Force、Use The Forceを思い出しますね。

Feel The Brand, Use The Brand 😀


どう感じてもらいたいか、がキーなんですね。

具体例として、ウェーバー氏はアップルを抜きんでた例としてあげています。

アップルは「創造性」(Creativity) というブランドコンセプトを打ち出したとし、製品のことを正面から語らなかったiPodの導入キャンペーンの成功を紹介しています。
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氏はアップルについては簡単に触れる程度で済ましていますが、ここを少し敷衍したいと思います。



アップルは画期的なPCのMacintoshを新発売した1984年のスーバーボールのコマーシャルで、1984という誰もが知るジョージ・オーウェルの書いた情報管理社会の恐怖を描く小説を題材にした
CMを放映し、全米を驚かせました。

CMの監督はこの2年前にあのブレイドランナーを作ったリドリー・スコットです。

そのCMがこれです。


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このCMが放映されたのが1984年の1月22日のスーバーボールの行われた日。そして2日後の1月24日にMacintoshが新発売となります。

なんと創造性に富んだ仕掛けでしょうか。



さらにアップルは米国のCMキャンペーンで、ビジネスの世界ではディファクトスタンダードだったマイクロソフトWindowsを使ったコンピューターを”PC”と一括りにして、これを使う人を「頭の堅いダサいConventionalなビジネスマン」として描き、対照的にアップルのMacintoshを「創造的で、シンプルにして自由な人が使うデバイス」と描写しました。これって立派に比較広告です。Mac vs 他の全てのPC。すごい比較です。


youtu.be


そしてアップルはこの「ブランド・ファンタジー」を多くのコンタクトポイントでターゲットの無意識下に訴求しました。

白をベースにした、シンプルで美しいパッケージ。
直感的な操作。(やってみれば分かる)それまでのPCには付き物だった膨大なページ数になる取説をなくしたこと。クールなショップデザインと店員がいて、触って選べるアップル・ストア・・・全てが「創造的でシンプル、自由な生き方を好む貴方」というブランド・ファンタジーを累積的に築き上げていきます。

とても大事なことは「創造的で、シンプルにして自由」というブランド・コンセプトです。

「創造性」はPCの世界では今やアップルの専売特許的なものですが、当時当たり前だった「正確で、膨大なデータを処理する機械」というビジネスライクなコンピューターの世界にあって全く異なるアスペクトを持ち込んだんです。

ブランドは他とは違う世界を持っていなければ埋没します。

マーケティングではU.S.P.*1といって、Functional Benefit ( 機能的便益 )で自社製品を他と差別化することを多とするわけですが、川上領域になるブランディングでは違います。

そうした表層の意味的メッセージではなく、顧客のありたき姿(アップルMacintoshでは”創造的で自由な自分)をサポートし無意識下にアピールすることこそ重要です。

もちろんPCのシェア的に見ればWindowsをOSにしたPCが圧倒的に多いのですが、Macintosh対他の全てのPCという対立図を作ったことにより、アップルはMac独自の不可侵陣地を作り上げたのです。

アップルは見事に「創造的で自由」というブランド・ファンタジーを作り上げてみせました。一度出来上がったブランド・ファンタジーは持続し、自走します。世の中のクリエイターと言われる職業の人種のMac使用率はどれほど高いのでしょうか?私の知っているクリエイターの皆さんは自分用には100パーセントMacを使っています。私もです。*2

ブランド・ファンタジーを作ることに加えて、ウェーバー氏が提示した顧客の脳に爪痕を残すための2つ目の打ち手について次回は書いていきたいと思います。

*1:Unique Selling Proposition

*2:私はクリエイターではありませんが。😁

其の(33) ブランディングは脳科学 ③

f:id:brandseven8:20201223221810j:plain前回に引き続きダリル・ウェーバーの「誘うブランド」で提唱されているブランディング脳科学との関係で考えられるべきであるという説を深掘りしていきたいと思います。

なぜ深掘りするのか? そんなに脳が好きなのか?😁

そうじゃないんです。

多くの企業の幹部からマーケターが「ブランド戦略」に真摯に取り組んでいますが、
根本的にブランドは、企業の意思通に形成されるものではなく、顧客の脳内の無意識の複層的な連想で形成される「幻想」である、と認識していないと、その真摯な努力が空振りに終わると思うからです。

それじゃあんまりです。

マーケティング用語の多くは軍事用語から来ています。
キャンペーンしかり、ストラテジーしかり、ターゲット・・・you name it、キリがありません。

戦争で例えるなら、マーケティングは戦い方の戦略・戦術で過去現状のデータ分析や敵味方双方の心理学的対応で、コントロールできるものですよね。マーケティングは心理学とよく言われる所以です。

もちろん状況は逐次変化するから、マーケティングも常にreviseされないとなりませんが、これは意識的に変更可能なものだからです。

ブランドが厄介なのは、一度顧客の脳内の「幻想」が出来上がると、変わらない、変えられないというところなんです。

ブランディングというのはそうした厄介なことを前提として、取り組まないといけないんですね。

でも企業経営陣やマーケターの皆さんは「我が社のブランドを強く、業界で比類なきNO:1のブランドにするぞ、全集中だ!」と、あたかもメーカー側の意思でこれがコントローラブル、なんとかなるものと考えているはずです。

勿論ブランディングは「ブランドの幻想を顧客脳内に作るべく仕掛ける打ち手」ですから、100%メーカー側の意思です。

でもブランドは「打ち込んだ」後に自走するもので、もう顧客脳内での連想形成に委ねるしかないんです。マーケティング のように逐次訂正はできない。


試験勉強などの能動的学習は脳的には高関与型処理で、意識的メッセージが記憶され、訂正も出来ますが、*1ブランドの記憶形成*2暗黙知的学習と言われる低関与型処理となります。



その辺のことをウェーバー氏はこう書いています。
「ブランド連想のほとんどは低関与型処理を通して作られる。マーケティング担当者はあまり深く考えていないようだが、私たちは常にブランドと出会い、そこかかわりは全て自動処理され、長い間記憶に残る。」

企業側の表層的意味的な訴求はともかく、全てが自動処理されて潜在記憶に構築されてしまうのは厄介なことですが、長い間記憶に残る、というのは素晴らしいことじゃないかと思うんですね。

企業は、中長期思考でビジネスに取り組む必要があると皆了解していますが、実態はどうかというと、やはり毎年、毎半期、毎四半期の利潤を叩き出すために短期的マーケティング諸策、つまり製品サービスのプロモーションに心血を注ぐわけです。そのために毎年多額の広告費を計上するし、結果が芳しくなければ即路線変更です。

こうした水面上の企業の奮闘努力とは別に、ブランドに関する暗黙知的潜在記憶は顧客の脳内に着々と形成されていってるんですね。しかも潜在記憶だけに、なかなか訂正修正されない類のものだというわけです。

逆に見れば、一度それが出来上がると「長持ちする」わけです。業績が悪く広告費が捻出で出来ない年があっても、このブランド幻想があれば、売上利潤に致命傷には全くならないはずです。

想像してみてください。メルセデス・ベンツが1年間広告を出さなかったら? Rolexが、Pradaが・・・そうなんです。それほど大きな影響はないはずです。もちろん新製品の発売には影響は出るでしょう。でもそれは短期のプロモーションです。

ブランドの資産価値、brand assetという考え方が米国を中心に
1980年代に出てきました。つまり顧客の脳内に出来上がった「ブランド幻想」を財務価値のある資産と見るんですね。だからブランディングは資産形成活動ということですよね。

広告費はバランスシート上でも、経営者意識的にも「経費」に分類されます。だから資産価値を生むブランディング を経費であるプロモーション広告費と同列に考えてはダメなんです。ブランディングは投資です。

さて、顧客への訴求は川上領域の資産形成たるブランディングと川下領域の販売促進プロモーションの組み合わせで考えられるべきです。それこそマーケターの仕事です。

なんですけど、「ブランディング後進国」の日本では、企業はプロモーションに会社をあげて心血を注いでいます。そしてブランディング費用が多分切り分けて計上できないでしょう。

実態は、企業マーケティング担当が「今回の広告に少しブランディングを意識してよね。そうね、割合的に10パーぐらいで。よろしく!」と広告代理店にブリーフする・・・というのが関の山じゃないでしょうか。

マーケターの方は異論反論あるでしょう。
「ブランドは無意識に形成されると言ったじゃないか! 無意識を操作なんて出来ないだろう。どうやってやるんだよ、ブランディング!」

そうですよね。


次回から「じゃ、どうすればいいんだよっ!」を深掘りしていきたいと思います。

*1:鎌倉幕府の始まりはイイクニ作ろう鎌倉幕府で1192年と私は語呂合わせで覚えましたが、これは実は1185年であったとのちに訂正されたそうです。そうならそうで、イイ屋号の鎌倉幕府と覚えなおせばいいんです。😁

*2:といってもこれは潜在記憶形成です

其の(32)ブランドは脳科学②

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我々の作っている広告は実際注目されているのだろうか?

 

前項で、「ブランド」は人々が脳内で想起しているファンタジーであるというブランディングコンサルタントのダリル・ウェーバー氏の説を紹介しました。

 

現実には「ブランディングへったくれは置いておいて、我が社が作っているCMが注目されているのか?認知度は?好意度は?・・・そっちの方が喫緊の課題だよ!」という企業のマーケティング部の方がほとんどでしょう。

 

広告代理店の担当営業氏が、広告が順調に認知されていることを示すどんなサポート資料を持ってきても、マーケティング部の貴方は、奥さんや同級生が「コマーシャル見たよ。いいね。」と聞かれなくても言い出すまでは、安心できないでしょう。「我々の作っている広告は実際注目されているのだろうか?」は貴方のあたまから決して離れない恐怖の自問です。

 

前出のダリル・ウェーバー氏はその著書「誘うブランド」で、こう言っています。ほとんどのマーケティング担当者にとって、注目は絶大の力を持つ王様である。そのため「気の散っている消費者」の心をこちらのメッセージに向けさせる必要があると「思い込んでいる」。

 

確かに人は学校で学ぶとき、集中して記憶するのに努力を払う。ノートに取り、復習する。少なくとも試験が終わるまでは。重要度が高く記憶しておきたいという意欲が非常に強い、この脳による記憶処理は脳科学で「高関与型処理」と呼ばれるものです。

 

ところがブランドについての学習はそうはいかない。重要度が低いからです。

 

其の22で、引用した山本良二・近畿大学教授の発言はまさに正鵠を射ています。

電通関西でキンチョーの面白CMを量産した制作チームにいた山本教授は、とにかく視聴者の関心を掴むために日々奮闘していたわけですが、彼曰く。「広告を見たいなんてひとは一人もいない。15秒コマーシャルなんてあっという間に終わってしまう。あなたが冷蔵庫から缶ビールを取り出してひと口飲む前に、僕たちがつくったCMは既に終わっているのです。当然のことです。CMなんか見るよりも美味しいビールが飲みたい。そう思うのが人間というものです。」

 

山本教授の言うとおり、マーケティングや広告の仕事に携わっている以外(つまり人口のほとんど)の普通の人々は、何気なくテレビを観ているときに広告にはそれほど注意を向けないものです。こうした表面的な注意しかむけていない状態での記憶処理は脳科学で「低関与型処理」と言われています。

 

「低関与型処理」では、ほとんど興味も示さず、関与もしないため、「注目」という王様の僕であるマーケターの努力は無駄になると考えるのが道理ですよね。犬に例えると怒る人がいるかもしれませんが、餌にも興味を示さない犬をこちらに振り向かせることがどれほど難しいことか、愛犬家ならわかります。

 

広告は残念ながら典型的な低関与処理型です。テレビ広告枠を莫大な予算を使って買っている広告主にしてみれば、当然「視聴者がこのテレビドラマを楽しめるのは、製作費も含めて広告主である我々が視聴者が広告を見るという前提のビジネス契約を放送局としているからだ。」と考えます。

 

その前提はある意味正しく、ある意味間違っています。視聴者は広告を見ます。でも熱心に見るわけではない。熱心に見るのは、広告関係者とテレビ関係者、何より広告主とその競合広告主です。あ、あと既にその商品やサービスの保有者ですね。車で言えば、購入選択が正しかったことの確認をするために、その車のオーナーが一番熱心に当該車の広告を見ると言われています。 

 

ウェーバーはこう要約しています。

マーケティング担当者は意識的なメッセージを作ることに力を注ぐが、実際は、ほとんどの広告が表面的に処理され、中途半端な注目しか得られない。つまり、意識的なメッセージが符号化されることは滅多になく、広告全体の主旨や雰囲気だけが記憶に残る。

 

実はアンダーラインの部分がとても大事なところです。ウェーバーは続けます。

○ 注意を向けていなくとも、脳は周囲の状況に目を光らせ学習している。

○ これを心理学者は「暗黙的学習」と呼ぶ。人が気付かないうちに脳が学習している。

○ 浅い処理(低関与型処理)による学習は潜在記憶を作り、それは数ヶ月間残る。

○ これは、自動的に素早く行われ、意識しようとしても意識できず、避けることができない=潜在意識に入り込んでくるのを止めることはできない。

 

広告というものに照らし合わせて、上述のことをよく考えると、こういうことになるのだと思います。

つまり、低関与型情報処理の広告では「意識的なメッセージ」は記憶されることはなく、全体的な雰囲気を無識に潜在記憶に刻むのが有効、ということです。

 

意識的に作り込まれたメッセージ、代表的なものは製品の差異をアピールする広告コピーがありますが、それはほとんど記憶されることがなく、むしろ全体的な雰囲気*1が潜在意識に刻まれる・・・U.S.P.を如何にメッセージに盛り込んで効果のある広告メッセージに搭載していくか、多くの時間を使っって討議してきた企業担当者と広告代理店にとっては、意気阻喪する話ですが、長年の経験から言ってもどうやらこれは事実です。

 

「全体的な雰囲気」ではあんまりです。今後の参考になりません。😀

詳しく突っ込むと、これはその商品・サービスに関係するコンタクト・ポイントの環境、文字の色や背景、音、視覚要素・・・などが、合理的で意識的なメッセージをさておき、複層的に無意識連想を脳内に形成し、記憶されるということなんですね。こうした無意識に記憶される連想の数々はメタ・コミュニケーションと呼ばれています。

 

ブランドは脳科学、更に続きます。

 

 

 

 

*1:これを外資系企業や広告会社はTone&Mannerと呼んでいます。

其の(31)ブランディングは脳科学 ①

f:id:brandseven8:20201211201103j:plain  ここ数回、ブランドを好意的に想起する合図となるブランド・ソーマを脳の意識下に埋め込むブランディングの話をしてきました。

  繰り返しになりますが、ネスカフェゴールドブレンドの違いがわかる男シリーズの「ダバダ〜」スキャット、ライオンの往年の名シャンプー&リンス😁のエメロンの「見返り美人」フォーマット、Braunシェーバーのモーニング・レポート、RIZAPのビフォー&アフターのあの特徴的なジングル・・・等々です。

 これほどブランド・ソーマに拘っているのは、ある2冊の著作を読んで、過去30年にわたりブランディング 道場で錚々たる外資系クライアントから投げ飛ばされて実地体験してきたことを振り返り、実に腹落ちしたからです。

 その著作、一冊目は
○ 誘うブランド ダリル・ウェーバー*1
 
 もう一冊は
○ ブランドと脳のパズル エリック・デュ・プレシス著*2

 原題はそれぞれ
○ Brand Seduction by Daryl Weber 2016

○ The Branded Mind by Erik du Pressis 2011

 なんか原題の方がはるかにしっくりくるけど、それはさて置き・・・今回はここを深掘りしていきたいと思います。

 「誘うブランド」の作者ダリル・ウェーバーは元コカコーラ社のクリエイティブ戦略担当だったブランディング戦略コンサルタントです。

 多くの企業のブランド戦略に関わってきた同氏が行き着いた結論は、ブランドは顧客の脳の意識下に様々な連想の組み合わせで創造された「ファンタジー(幻想)」であり、これが人々の意思決定や行動に気づかないうちに大きな影響を及ぼす、と言うことです。

 「目で見ているのではなく、脳が見ている」・・・このことを同氏はなかなかショッキングな事例で説明します。

 曰く。私たちはかなりの精度ではっきりと、細部や豊かな色彩まで見ているように思われるが、実は目が「見ているもの」とは似ても似つかない。眼底の網膜に光が当たって生じる原画像はどうしようもなくひどい代物。像は逆さで、裏返しで、ぼやけて、平面的だ。しかし実際にそう見えることはない。違いを脳が埋めてくれるからだ。脳が先行経験知見に基づいて無意識的推論でギャップを埋める。
このことは実際に医学的に証明されている由。

 「あばたもエクボ」って本当なんですね。好意を抱いている相手の像は脳が盛ってくれるのでしょうね。憎い相手だと、より悪人面に見える?☺️

 無意識的推論で脳が実際にインプットされる情報のギャップを埋めることを脳科学者は「トップダウン」方式と呼ぶそうです。

  先に情報が入る感覚器官(目)より、脳が上位に位置して、感覚情報を知覚情報に瞬時に変換するんですね。なんか企業文化にも言えそう。トップダウンが機能しないとダメ?😁

 一言に要約すれば「見ているのは脳」で、人々が見ていると思っているもののほとんどは、実は脳が作り上げた解釈〜実のところは錯覚〜なのだ、とウェーバーは断じています。

 だから氏は「ブランドは脳が作り上げたファンタジー」と言っているんですね。

ファンタジー、fantasyの定義をOxford Languagesで見ると・・・

a fanciful mental image, typically one on which a person often dwells and which reflects their conscious or unconscious wishes.

とあります。アンダーラインのところはまさに同意!です。意識的や無意識の願望を反映したメンタルな想像イメージ。これこそブランドの正体だと確信します。

 願望、それは自分の「ありたき姿」です。メルセデス・ベンツのツェチェ会長はメルセデスのブランドは「成功者」であると言いました。この車に乗ることにより成功者である自分を楽しむ、またはそうならんとする自己確認をする・・・ということです。

 もちろんメルセデス・ベンツは広告でそんなことは一言も言っていません。顧客や潜在顧客とのあらゆるコンタクトポイントで、「Being 成功者」の暗喩を脳に打ち込んでいるわけです。ディーラー店頭のrichな造作はそのひとつです。

 ブランディングって、一言でもその「ありたき姿」を口に出すと色褪せてブランド(人の脳内にあるファンタジー)は霧散してしまうのだと思います。

 前出のネスカフェゴールドブレンドの「違いのわかる男」シリーズ、これは日本における稀有なロングラン・ブランド広告の代表的なもの、と書きました。

 私見ですが、このCMによって作られた脳内ブランド、ありたき姿は「コーヒーの違いがわかる自分」ではありません。外資系マーケターがよく使う表現で言えば、
「One Notch Above」= 一段上の生活をしてる自分、がそれだったと確信します。

 インスタントコーヒーは実際にはスーパーマーケットで主婦に買われているものです。

 アメリカの成功に習い、日本でも発展した量販店(GMS)の端緒となったダイエー、イトーヨーカードーが急成長したのと歩を合わせてゴールドブレンドはシェアを拡大していきました。

 日本家庭の朝食の食卓がご飯と味噌汁から、パンに目玉焼きとコーヒーに変わっていったことも大きな理由ですが、時代は高度成長期、人々は毎年ベアで上がっていく給料を貰って「一段上の生活」を目指していたんです。

  そんな時代背景にあって、買い物をする主婦は「一段上の生活」をしているお父さん(=我が家)のブランドを買っていたんです。*3


ブランディング脳科学」、来週の②に続きます。


 

*1:ピー・エヌ・エス新社発行

*2:中央経済社発行

*3:製品じゃなくて脳内ブランドを買っていたわけです